貧しい家に生まれた女は、産声を上げた途端に殺されるか、生き延びたところで工場か遊郭へ売られる——それが明治の農村における女性の「普通の人生」だった。

 朝ドラ『風、薫る』の主人公・一ノ瀬りんのモデルとなった大関和が生きた時代、女性たちはいかなる現実に直面していたのか。ドラマの原案となった評伝小説『明治のナイチンゲール 大関和物語』(中央公論新社)より、抜粋して紹介する。(全4回の1回目)

見上愛 ©時事通信社

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不景気により友人は遊郭に売られた

 和たちが暮らす栃木へは、東京から帰帆する船によってコレラが持ち込まれ、河岸場から内陸部へ徐々に感染が広がっていた。

「魚と言えば、今年も渡良瀬川で魚が何万匹も死んだみたいだよ。気味が悪いね」

「綾ちゃんは何でも知ってんだなえ」

 友人のマツが感心すると、和の義妹である綾の表情がやわらぐ。足尾銅山鉱毒事件が全国的に知られるようになるのはまだ先のことだが、地元ではすでに、渡良瀬川の魚の大量死が住民たちを不安にさせていた。そして、コレラの大流行による不景気は、3人の人生にも大きな影響を及ぼすことになる。

 今年こそは米が収穫できると期待した3人であったが、「嫁田」に3人がそろったのはこの日が最後だった。まず、マツがいなくなった。心配した和と綾が家を訪ねると、母親が出てきて、マツは東京へ奉公に出したと言う。突然のことに驚き、東京のどこかと尋ねても、母親は悲し気に言葉を濁すだけだった。綾が泣きだし、慰めながら和も泣いた。

 和は、マツは遊郭に売られたのだと悟った。当然ながら、それは母親の意志ではなかったに違いない。農家の嫁に発言権などない。

「あの子のためにもこれでいがったんだ。ここにいてもいいこたぁねえ」

 自分に言い聞かせるようにつぶやいたマツの母親は、まだ40前後であるにもかかわらず、顔も手も皺が寄り、すでに腰も曲がり始めていた。