食事は多くて日に2度。臭い南京米と水のような味噌汁を与えられ、翌朝まで何も食べることができない——明治の遊郭で娼妓たちが置かれた環境は、想像を絶するものだった。

 朝ドラ『風、薫る』の主人公・一ノ瀬りんのモデルとなった大関和は、遊郭に売られた友人たちの境遇を知り、何を思ったのか。朝ドラの原案となった評伝小説『明治のナイチンゲール 大関和物語』(中央公論新社)より、抜粋して紹介する。(全4回の2回目)

見上愛 ©時事通信社

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食べられない、寝られない…遊郭の過酷すぎる生活

 和は東京にいた頃、遊郭の娼妓たちのひどい生活を何度も耳にした。食事は多くて日に2度。午後4時頃に、臭い南京米と水のような味噌汁を与えられ、翌朝まで何も食べることができない。楼主は、食べたければ客にねだれと教える。遊郭内の飲食代は市価より高く設定されているため、楼主にとって大きな利益となるのだ。稼ぎの少ない娼妓は、罰として数日間絶食ということもあるという。

 また、客が眠っても娼妓は眠ってはいけないという決まりがあり、1時間ごとに「遣手婆(やりてばば)」のいる部屋に行き、起きていることを証明しなければならない。これは心中を防止するためでもある。食い詰めて、娼妓を道連れに心中しようという客がいるからだ。客の枕を壁側に、娼妓の枕は入り口側に置き、湯巻の紐は使用しないという慣習は、無理心中を防ぐためにできたという。十分な栄養と睡眠が取れない状態で梅毒などの「花柳病」にかかれば、ひとたまりもない。年季が明ける前に亡くなる娼妓が多いのも、当然に思えた。

 和は一人で稲刈りをしながら、遊郭に売られた友人のマツと綾のことが心配でならない。いったいどんな気持ちで毎日を過ごしているのだろう。体は大丈夫なのだろうか。自分よりも若い2人が辛い境遇にあるというのに、自分はなぜ何の益にもならない稲刈りをしているのか。この収穫を終えれば、米作りから解放され、正式に柴田家の嫁として扱われることになる。しかし、それは喜ばしいことなのか。柴田家の嫁になるということはつまり、義母と同じような人生を歩むということだ。

 義母は、大地主の妻として村人たちから敬われ、下女たちを指揮し、裕福な生活を送っている。誰もがうらやむ立場だ。しかし、幸せそうには見えない。幸せな人は、体面を保つためとはいえ、7年近く大事に育てた少女を平然と遊郭へ送り出したりはしないだろう。