「牛や馬以下の扱い」と言われた“農家の嫁”の暮らし

 当時の農村の生活を知る『石ころのはるかな道』の著者伊藤まつをは、農家の嫁について、牛や馬以下の扱いでさんざん酷使され、「三度の粗食さえ満たすことができ」ず、「体をこわして長くわずらう身となったり、死んだりしていった」と述べている。「女工哀史」があるように、農村の嫁にも「哀史」があった。

 女工はわずかとは言え賃金がもらえ、辛い境遇を慰め励まし合う仲間もいたが、農家の嫁たちは姑の手前、愚痴をもらすことさえはばかられた。「わが働きでわが着物も買う、三度の飯も睨まれずに食う」ことができる女工たちを「何んぼうええもんか」(『荷車の歌』)とうらやむ嫁もいた。

 苦しい生活の中で「間引き」はなかば公然と行われ、それは特に女児が生まれた場合に多かった。子どもたちの男女比に、明らかに偏りの見られる村もあった。間引きを密告され、9年の懲役を終えて地主へ挨拶にきた小作の嫁が、監獄生活は農業の苦役がないばかりか、食事も麦の割合が少なく、月経の手当てのための「ボロ」も支給されるため、農村の生活より楽だったと報告したという話が残っている。常に妊娠、出産、授乳を繰り返していたため、今日に比べると月経の回数はかなり少なかったとはいえ、「ボロ」さえ手に入らない生活をしていたことがわかる。

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 貧しい小作の家に生まれた女は、産声を上げた途端に殺されるか、生き延びたところで工場か遊郭へ売られる運命であった。売られずに、同じ小作の家へ嫁いだところで、自分の産んだ子を間引き、その結果、監獄につながれることさえあったのだ。

 それから1週間も経たないうちに、綾もいなくなる。和と綾の二人で、中干しをしている「嫁田」の草取りをし、日が暮れてきたので、和は先に綾を家に帰した。1時間ほど遅れて和が帰宅すると、台所で下女たちが落ち着かない様子だ。

『風、薫る』公式Instagramより

 普段綾と仲のよい下女が泣いているので、「何かあったの?」と尋ねると、しゃくり上げながら「綾さんがおばさんに無理矢理連れてかれた」と言う。事情が呑み込めないまま、慌てて外へ出るが、綾の姿は見えない。どこへ行くにしても、街道へ出る辻を通らねばならないので、そこを目指して和は必死に走った。野良仕事で足腰は鍛えられているが、走ることは滅多にないので、足が絡みそうになる。息を切らして辻までたどり着くと、街道を走り去る馬車の後ろ姿が、小さく見えた。

次の記事に続く 食べられるのは「臭い米と水のような味噌汁」だけ…朝ドラ『風、薫る』ヒロインのモデルが衝撃を受けた、遊郭の“残酷すぎる実態”

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