月経による心身的な影響が出やすいのは“月経前”が多いことは今や多くの人が知っているだろう。しかし、日本ではつい最近まで症状が“月経中”に起こると信じられており、「女性の犯罪は“月経中”に多い」とまことしやかに語られてきたのだ。それだけでなく、月経中であることを一つの根拠に無実の女性が殺人の罪を負わされることまであった。果たしてこうした誤った考えはなぜ生まれ、長らく信じられてきたのだろうか。

 ここでは、歴史社会学者の田中ひかる氏による著書『月経と犯罪 “生理”はどう語られてきたか』(平凡社)の一部を抜粋。生理についての誤った理解が生まれた発端について紹介する。(全2回の1回目/後編を読む

※文中敬称略

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女子受刑者たちの犯行時月経状態

 戦後の月経要因説の根拠となっているのは、犯罪精神医学者、広瀬(旧姓近喰)勝世による一連の研究である。

 広瀬が最初に行った司法精神鑑定は、戦時下の1943(昭和18)年に2人の子供と道連れに母子心中を図り、1人生き残った母親に対するものだった。以来、「女性の宿命論を科学的に解明」(*1)することが広瀬のライフワークとなった。

*1 広瀬勝世『女性と犯罪』金剛出版、1981年

 1952(昭和27)年に発表した「女子受刑者の精神医学的研究」と題した論文では、日本の女性犯罪研究は非常に乏しく、統計的研究は皆無で、女性犯罪者に対する個別観察研究も菊地甚一を含む数人の精神医学者による鑑定報告があるにすぎず、「総説的なもの」は寺田精一の研究があるのみだと慨嘆している。広瀬は、その空白を埋めるべく、女子受刑者たちを対象とした統計的研究、個別観察研究に力を注いでいく。

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 特に広瀬が注目したのが、月経と犯罪の関連である。その理由の一つは、「外観はまったく女性でありながら」、染色体が女性ではない場合があるため、「生物学的に真に男女の差について論ずるには、生殖機能に関する性周期に求める以外にない」(*2)と考えたからである。つまり広瀬は、生物学的に犯罪における男女差を説明しようとし、その前提としての月経を重視したのだ。

*2 同*1

 さらにもう一つ、「未婚・既婚・性生活のいかんに関係なく、初潮から閉経までの、性周期によって運命づけられた期間の女性の精神状態が、犯罪や非行の際にも注目される」(*3)という理由も挙げていることから、広瀬が女性は皆、月経に「運命づけられ」ていると考えていることがわかる。

*3 同*1

 では早速、広瀬が栃木・和歌山両女子刑務所の受刑者227人を対象に行った「犯行時月経状態」についての統計的研究(*4)を検討してみよう。

*4 近喰勝世「女子受刑者の精神医学的研究」『精神神経学雑誌』第54巻、1952年

 調査結果は以下の表のとおりである。

栃木・和歌山両女子刑務所における「犯行時月経状態」についての調査結果(近喰勝世「女子受刑者の精神医学的研究」『精神神経学雑誌』第54巻、1952年に基づいて作成)

 広瀬は「犯行時月経状態」を「月経中」「月経直前(3日以内)」「月経直後(3日以内)」「無月経(未潮、妊娠、授乳、閉経後、病的、不明)」「無関係」の5項目に分け、「多少なりとも不確実なものは除外して計算した」。