イギリスの産婦人科医キャサリーナ・ダルトンが提唱した概念である“PMS”は、いまや日本でも広く知られる言葉だ。しかし、PMSの概念が普及し始めた当初は、その症状が及ぼす影響について、女性全般の信用に関わってくるような拡大解釈もなされてきた。

 ここでは、歴史社会学者の田中ひかる氏による著書『月経と犯罪 “生理”はどう語られてきたか』(平凡社)の一部を抜粋し、PMSによる心身的影響が研究された際のさまざまなエピソードを紹介。月経がいかに正しく理解されてこなかったのか、歴史的資料と共に振り返る。(全2回の2回目/前編を読む

※文中敬称略

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 前編で紹介した犯罪精神医学者の広瀬勝世は、月経に注目して女性犯罪を解き明かそうとし、当時最新の知見であったイギリスの婦人科医キャサリーナ・ダルトンによるPMSの研究に依拠した。もちろんこれは、日本社会で幅広く信奉されてきた“月経時”の犯行の根拠とはなり得ないのだが、それについては明確には語られていない。そして、PMSの概念が普及するにしたがい、女性が罪を犯しやすい時期は“月経前”であると考えられるようになっていく。

 そこで、ここでは、ダルトンによる「犯罪におけるPMS要因説」の信憑性について確かめていきたい。

「月経前症候群」が「月経前不快気分障害」に改められた理由

 日本産科婦人科学会はPMSについて、「月経前、3~10日の間続く精神的あるいは身体的症状で、月経開始とともに軽快ないし消失するもの」(*1)と定義している。

*1 公益社団法人日本産科婦人科学会ウェブサイト

 精神的身体的症状には、憂うつ、不安感、悲しみ、緊張、無気力、孤独感、眠気、頭痛、下腹痛、便秘、肌あれ、むくみ、食欲亢進(こうしん)などありとあらゆる症状が含まれるため、有経女性の90%がPMSを経験しているという報告もある。一方で、生活に支障をきたさない程度の症状はPMSに含むべきではないという意見もあり、その場合、有経女性に占めるPMSの女性の割合は、一気に減ることになる。

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 原因については諸説あり、日本産科婦人科学会は、次のように説明している。

 原因ははっきりとはわかっていませんが、女性ホルモンの変動が関わっていると考えられています。排卵のリズムがある女性の場合、排卵から月経までの期間(黄体期)にエストロゲン(卵胞ホルモン)とプロゲステロン(黄体ホルモン)が多く分泌されます。この黄体期の後半に卵胞ホルモンと黄体ホルモンが急激に低下し、脳内のホルモンや神経伝達物質の異常を引き起こすことが、PMSの原因と考えられています。しかし、脳内のホルモンや神経伝達物質はストレスなどの影響を受けるため、PMSは女性ホルモンの低下だけが原因ではなく多くの要因から起こるといわれています。(*2)

*2 同*1