精神医学会の診断基準は…
アメリカでは、1987年に精神医学会の診断マニュアルとなっている『DSM(Diagnostic and Statistical Manual)』第三版(改定版)の「付録」に、月経前の精神変調を表すLLPDD(Late Luteal Phase Dysphoric Disorder=黄体期後期の不機嫌障害)という概念が登場したのだが、このときフェミニストたちが反発している。『DSM』が月経前の精神変調を“公認”することで、女性の社会進出が妨げられることを懸念したのだ。
1994年の『DSM』第四版では、LLPDDがPMDD(Premenstrual Dysphoric Disorder=月経前不快気分障害)という名称に替わり、研究用基準案が「付録」に掲載された。そして2013年の第5版では、PMDDが「うつ病」と同じ「抑うつ障害群」の一つとして“格上げ”され、本文中に診断基準が掲載された。この基準によれば、著しい精神症状が見られないかぎり、PMDDとは診断されない。
現在、日本でも精神科医や婦人科医を中心にPMDDの研究が進められている。この分野の第一人者で、『月経前不快気分障害(PMDD) エビデンスとエクスペリエンス』(2017年)の著者である東北医科薬科大学病院の山田和男教授によれば、治療には抗うつ薬のSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害剤)が有効であるという。東京女子医科大学東医療センターの「月経前不快気分障害(PMDD)」専門外来によれば、SSRIの奏効率は、ピルと併用している患者も含めると80%と高い(*6)。
*6 東京女子医科大学東医療センターウェブサイト
かりに暴力や犯行におよぶほどのPMDDに悩まされていたとしても、治療が可能なのである。今後さらにPMDDの研究が進むことによって、PMDDやPMS、そして月経と犯罪との紐帯は弱まるだろう。犯罪との関連はさておき、PMDDに苦しむ女性たちに、治療法についての情報が行きわたることを切に願う。
月経前の女性のほとんどが精神的に危ういかのような報告を行ったダルトンだが、意外なことに、犯行に至るほど重度のPMS患者の割合は、全有経女性のうち、0.04%にすぎないとしている。公務執行妨害で逮捕された80人の女性のうち71人が月経時であったというロンブローゾによる報告や、パリで行われた56件の万引きのうち35件が月経時であったという報告を積極的に紹介していることから、この71人および35人の女性が、0.04%に当たると言いたいのかもしれない。しかしこれらは、“月経前”ではなく“月経時”の犯行を示したもので、PMS要因説の根拠にはならないはずだ。