また、ダルトンはPMSの原因について、月経直前に女性ホルモンの一つ、プロゲステロンの分泌量が急減するために様々な症状が引き起こされ、これに血糖値の低下などの条件が加わると、人によっては犯行に至るほど精神症状が悪化すると説明している(*3)。
*3 キャサリーナ・ダルトン著、児玉憲典著『PMS法廷に行く――月経前症候群と女性の犯罪』誠信書房、1998 年
イギリスではダルトンの働きかけにより、犯行がPMSによるものと証明された場合には、減刑の理由として認められてきた。PMSのために犯行に至る女性がいるのであれば、不当な罰を受けないための研究は必要であろう。
PMSの影響が拡大解釈された事件
しかし、ダルトンの研究の集大成といえる『PMS法廷に行く――月経前症候群と女性の犯罪』を読む限り、PMSと犯罪の関連性が“公認”されることへの懸念を禁じえない。例えば、同書で紹介されている次の事例では、PMSの影響が拡大解釈されてはいないだろうか。
29歳の男性がある夕方、車の中でフィアンセを殺害し、ウィンチェスターの巡回裁判所に起訴されました。被告はこのフィアンセのことを毎月ある時期になると攻撃的になり自分を襲ってくるイタチだと語りました。問題のその夜、彼女は彼を叩きはじめ、そして彼は自分を守るために彼女の首に手をまわし、彼女が静かになるまで締めたのです。
実際彼女はまったく静かになり、締め殺されたのですが、しかしこの男性は、彼女のPMSの暴力に対して自己防衛をしたという理由で釈放されました。
被害者の女性が毎月PMSの症状を呈していたことも、殺害時の状況も、加害者の男性の証言によるものである。とりあえず車から降りて逃げ、婚約解消すればよかったのではないか?と思うのだが、ダルトンはこの裁定にいたって満足している。
有経女性全般の信用に関わる問題
1981年、アメリカで殺人を犯した女性がPMSによる犯行と認められ、無罪とされたとき、『ザ・サン』誌は「月経前症候群のために『凶暴な獣』と化した女」が釈放されたと報じ、『デイリー・ミラー』誌は、「月のある時期になると、何の理由もなくても、凶暴になる女がいるという医学的な証拠は枚挙に暇がない」(*4)と説明している。「枚挙に暇がない医学的な証拠」は、ほとんどがダルトンの研究に由来しており、もっとさかのぼればロンブローゾに由来しているのだ。
*4 ジェーン・アッシャー著、島井由紀子訳「月経――作られた神話を解体せよ」『imago』1号、1990年、12月
また、同じくアメリカで、1988年に母親を殺害した女性が、PMSを理由に無罪となっているが、このとき『デイリー・ミラー』誌は、「母殺し19歳女、判事は月経前症候群のためと言う」と大々的に報じた(*5)。
*5 *4同
PMSにはありとあらゆる精神的身体的症状があるため、有経女性のうち90%が経験しているという報告もある。つまり、“PMSの女性は罪を犯すほど精神的に不安定である”という認識は、有経女性全般の信用に関わってくるのだ。