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月経時の女性を犯罪者予備軍と見なした発想

 ダルトンの研究で気になる点はほかにもある。書籍の冒頭で月経を一つの根拠として、容疑者を逮捕した甲山事件について触れたが、ダルトンの研究でも、月経を根拠に「犯人」を炙り出すという事例が紹介されている。

 ロンドン北部のある寄宿学校で、午後の授業のあと、トイレで火災が発見されました。建物は多少損壊しましたが、誰も怪我はありませんでした。翌月のある夕方、寝室でぼやが発見されました。その原因の女子生徒を見つけることはそれほど難しくはありませんでした。その女子生徒は両方の場合とも月経中だったのです。(*7)

*7 *3同

 この事例では、月経直前に放火が行われ、その直後に月経が始まったと解釈されているのだが、いずれにしても、月経時の女性を皆、犯罪者予備軍と見なしたロンブローゾと同じ発想である。さらに、ホルモンと犯罪の関連性を絶対視した場合、次のような事態も生じてくる。

毛深い女は犯罪者予備軍?

 ダルトンは、暴力行為が原因で少年鑑別所に入れられた10代の少女たちを診察した際、彼女たちの「男性的なタイプの毛髪過剰」に気がついたという。そこで、血液検査を行ったところ、男性ホルモンの一つテストステロンの高値が確認されたので、抗テストステロン剤による治療を施した。この結果についてダルトンは次のように述べている。

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 この話はハッピーエンドとなります。彼女たちは過剰な毛髪を失い、また粗暴な気性も失いました。少なくとも4人は、現在さらに教育を受けて大学を卒業し、また全員が、法を遵守する有能な市民になっています。(*8)

*8 *3同

 この事例は、「毛深さ」をその特質として挙げた、ロンブローゾの「生来性犯罪者説」を想起させる。毛深い善人はいくらでもいるのだが。

「過剰な毛髪」「粗暴な気性」など、“女性らしさ”の規範から逸脱している女性をホルモン剤によって“あるべき姿”にすることは、誰にとっての「ハッピーエンド」なのか。“あるべき姿”の基準は誰が決めるのか。また、この事例によれば、男性はみな「粗暴」だということになり、男性全般が抗テストステロン剤による治療の対象となってしまう。

 ダルトンの研究が、PMSあるいはPMDDに苦しむ女性たちを救おうという立場から発せられたことは確かであろうが、そのためにホルモンと行動の関連を強調しすぎたきらいがある。

 人間はたしかにホルモンの影響下に生きている。しかし、それがすべてではないのだ。

【前編を読む】「生理のときに放火や万引きをする女が多い」女性犯罪で月経要因説が根強く支持され続けた理由とは

月経と犯罪

田中 ひかる

平凡社

2020年12月16日 発売