1998年4月8日、NHKと民放連は光の点滅などを規定したガイドラインを発表。4月11日、テレビ東京は、検証番組「アニメ ポケットモンスター問題検証報告」を放送します。

 そして4カ月の休止期間を経て、4月16日にはアニメ『ポケットモンスター』の放送が再開されました。放送再開用に書き下ろされた脚本による「ピカチュウのもり」と「イーブイ4きょうだい」の2本立て1時間の特別枠放送です。

 心配された視聴率は、前年の夏休み頃と同水準の16.2%を記録し、多くの人が「ポケモンを待っていてくれた」ことが証明されました。

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 もちろん、光過敏性発作については、ポケモン放送再開後も調査・検証は続き、この年の12月にテレビ東京が関係者に配布した資料「アニメ『ポケットモンスター』問題に関する記録」は、A4版165ページにも及ぶ長大なものでした。

写真はイメージ ©︎graphica/イメージマート

ポケモンショックを乗り越えて

 結局、アニメ化は、ゲームのポケモンにどのような影響を与えたのでしょうか。

 アニメ化の以前から、初代『ポケモン』は、発売後1年間で350万本を突破していました。この時点ですでにゲーム史に残る大ヒット作です。

画像はポケモン公式サイトより

 ところが、アニメの放送開始からたった半年間で、それまでの全ての累計を上回る378万本が新たに売れたのです。これによって、ポケモンは国産RPGの両巨頭「ドラクエ」「FF」だけでなく、あの「スーパーマリオブラザーズ」をも超える最強のゲームタイトルとなりました。

 というのも実は、ポケモンショックによってアニメ版が放送休止中だった1997~1998年の年末年始商戦でも、ゲームの売れ行きは全く止まっていなかったのです。結果的に、アニメの放送が再開された1998年4月の時点で、初代ポケモンは累計販売本数1000万本を突破していました。

 あらゆるトラブル、特にこのポケモンショックのように健康被害や危険をもたらすようなトラブルは、まずは発生自体を未然に防ぐ努力がもちろん重要ですが、実際にトラブルが発生してしまった場合には、「どう対処するか」が全てになります。

 その意味で、このポケモンの事例は、視聴者である子どもたちの安全を第一に優先し、すぐに外部の協力を仰ぎ、情報公開をおこなった……この誠実な対応によって、ブランドの毀損は最小限に保たれました。

 その結果がこの、ゲームの販売数に表れているといえます。

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