1996年に発売された初代『ポケットモンスター 赤・緑』。実はその企画開始から発売までには、なんと7年間もの月日が流れていた。その間にゲーム業界は激変し、ポケモンのアイデアは陳腐化しかねない状況にあったという。

 それでもポケモンは世界中を熱狂させることに成功した。いったいなぜなのか。ここではボードゲーム会社ドロッセルマイヤーズ代表、渡辺範明氏の著書『国産RPGクロニクル 物語の革命者たち』(イースト・プレス)の一部を抜粋して紹介する。

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7年の開発期間

「ジャンルを決めないゼロからのゲームデザイン」は志の高いやり方ではありますが、会社の経営上は1本のゲーム開発に時間をかけすぎると、ひたすら出費だけがかさんでいきます。まだ新興ソフトハウスだったゲームフリークの経営を安定させるため、田尻さんたちは大手パブリッシャーからの受注開発をはじめます。1991年12月に発売された『ヨッシーのたまご』は、ゲームフリーク開発・任天堂発売という座組みの第1弾となりました。また他メーカーとも、EPICソニーからは『ジェリーボーイ(*1)』、セガからは『まじかる☆タルるートくん(*2)』を発売するなど、比較的小規模なアクションゲームやパズルゲームを作ることで、外注開発費を稼ぎ会社を維持するだけでなく、開発技術を向上する効果も得ていきます。

*1 1991年にスーパーファミコンで発売された横スクロールアクションゲーム。主人公「ジェリー君」がゼリー状の身体を活かして変形し、敵や障害物を突破してゴールを目指す。開発に伝説的プログラマーのマーク・フリント氏が参加した点や、キャラデザインの杉森健が『ファミリーコンピュータMagazine』でマンガ版を連載したことでも知られる。

*2 1992年にメガドライブで発売された横スクロールアクションゲーム。江川達也の同名マンガを原作とし、魔法使いのタルるートくんが全4ステージを冒険する。「ソードペンまじっくん」による攻撃や物体への命の吹き込み、滑空アクションなど要素は盛りだくさん。アニメ準拠のキャラボイスも搭載され、起動時にTARAKOさんの声で「せーがー」と発声するなど、キャラゲーのお手本である。

『ヨッシーのたまご』。画像は公式サイトより

 このようなインターバルを経て「カプセルモンスター(仮)」の開発は再開されますが、最終的に1996年『ポケットモンスター赤・緑』が完成して発売されるまでには、企画開始から7年間もの月日が経っていました。

写真はイメージ ©︎how999/イメージマート

 現在のゲーム開発は当時より遥かに大規模化し、もっと時間のかかっているプロジェクトも多いため、「7年間」にそれほどインパクトを感じない方もいるかもしれません。しかし、当時の「7年間」は、その間にゲームボーイ、スーパーファミコン、プレイステーション(プレステ)とゲームハードが世代交代してしまうほどの長い期間だったのです。ゲーム業界自体がまだ若く激動の時代であった分、業界構造もゲームのトレンドもすっかり様変わりしてしまいました。