現在の台湾社会そのものを描こうとした台湾郷土文学
唐 黄春明は台湾郷土文学を代表する作家であり、当時の彼の作品群は、主に台湾の農村や、現実社会で懸命に生きる庶民の泥臭い生活をありのままに描いていました。その後は都市の生活を描き、さらに児童文学にも尽力して、故郷の宜蘭(イーラン)で子どものための劇場を作るなど、現在も幅広い活動を続けています。
リム 黄春明さんは91歳になられますが、今もお元気ですよね。
唐 1950年代の戦後台湾では、大陸から渡ってきた人々による、失った故郷を懐かしむ「懐郷(かいきょう)文学」が多く書かれていました。また60年代になると、西洋文学の強い影響を受けた「モダニズム文学」が登場します。しかし60年代後半になると、「そうした文学は現実の台湾社会とかけ離れている」と感じる作家たちが現れました。「自分たちは今どんな土地で生活し、何に悩み、何に感動し、どんな問題を抱えているのか――。自分たちが生きる“現在の台湾社会”そのものを描こう」とした運動こそが、台湾郷土文学だったのです。これは当時の体制派からは社会主義的だとレッテルを貼られ、政治的な論争に巻き込まれることもありましたが、自分たちの現実を見つめたいという庶民の強い欲望に支えられていきました。
「なぜそんなに汚いものを見る目で私を見るの?」
リム まさにその現実の社会、そして庶民の姿がこの映画にも色濃く反映されていますね。僕が非常に印象的だったのは、ルー・シャオフェンさん演じる主人公の白梅が娼婦という過酷な境遇にありながら、映画の目線が差別的ではなく、一人の人間として対等に描かれている点です。なによりも彼女が強い意志を持って、自分の人生を主体的に切り開いていこうとする女性像が新鮮でした。
唐 ええ。白梅は幼い頃に養父によって妓楼に売られ、未来への希望を失った日々を過ごしていました。原作も映画も、過酷な運命の中で、彼女が自分自身と人間としての尊厳を取り戻そうとする闘いを描いています。だからこそ、映画も彼女に対して対等で温かい目線を注いでいるのです。しかし、だからといって彼女が社会の差別から自由だったわけではありません。劇中でも、養父の葬儀への参列を拒まれたり、列車の中でかつての客から嫌がらせを受けたりする場面が生々しく描写されており、彼女が置かれていた立場の厳しさを理解することができます。
リム 彼女が実家に戻った際、家族から受ける冷遇は非常にリアルで残酷でした。義兄妹のあまりの仕打ちに白梅は、「私の犠牲で兄妹は大学へ行き、家まで建ったのに、なぜそんなに汚いものを見る目で私を見るの?」と言って泣きます。映画では家族の冷たさがより強調されていたように感じます。

