「任せても大丈夫そう」と思ってしまうのが負けの原因
おっさんがたに「どうです? 働きやすいですか?」と訊くと、たいてい「ベテランになると、仕事の進め方まできちんと詰めてくれることは少ないので、誰に聞いていいかわからなくていつも孤立してたんですよね」という答が返ってきます。新しい分野や仕事なら誰もが新人、ある程度の経験から仕事の見積もりはできるけど、要求される仕事の品質を見極められないとずるずると仕事の〆が遅れていってしまってにっちもさっちもいかなくなる、というのは誰しも同じようです。想定外のことはありつつも、最初に可能な限り仕事の見積もりを立てておき、誰にどのくらいの仕事量が振られれば相応の品質で完成するのかを見極める、というのがリーダーの大事な作業だというわけですね。
確かに部下を持つリーダーの仕事の基本として「タスクを明確にする」のは基本中の基本ですが、相手を見て中年だと「任せても大丈夫そう」と思ってしまうのが負けの原因なのだ、と改めて知ることになったわけであります。「ベテランなんだから考えて行動しろ」と投げっぱなしにするよりは、相手のキャリアを尊重しつつ「貴方に求めているのはこれです」とはっきりさせることの大事さ。若いころの私なら「お前はなぜ働かないのか。徹夜してでも仕上げろ」と激詰めしかねないところをしっかり対応できるマネージャーは貴重なのだなあと思い知った次第です。
そう考えると、部下が仕事を仕上げられなかったり、思ったような業績を上げられないのは間違いなくリーダーの責任であって、部下が取り組みやすいレベルにまで仕事を分解して成果を出しやすくさせるためのマネージメントの重要性をひしひしと体感するわけです。でも、逆に言えばいま仕事で成果をうまく出せない中高年は、実は「そういうちゃんとしたマネージメントのもとで働ける機会が少なかったから能力を発揮できないまま歳とキャリアを重ねてしまったのではないか」とか「割り切って自分で自分のペースを作って仕事をする環境にいなかったのではないか」などと思い至るのですよ。私が駄目なリーダーであったのと裏返しで。ちょっと前まで死んだような魚の目で経理書類を捌いていた人が、急にビシッとしたスーツ着て提案書書くようになったりするのを見ると、もっとマネージメントについて学べる機会が多くあるといいなと感じたりもします。気がついてみると、
私も心の中に潜んでいる「根性入れて撃てば必ず当たる」というパトレイバー太田的な気持ちと、冷静で科学的な知見を大事にしたいというインテリ的な理性とが常にせめぎ合っているのを感じます。
管理職のみなさんの苦境と、日本企業の苦境
でも、先日全然別件で大企業の幹部研修で講師をやれというので行ってみたら、経営企画が鉛筆舐めて作った前年比何%売上増とかいうペーパーを経営陣が推し進めるというので部下に「お前ら全力で売ってこい!!!」「目標達成だ!!」とハッパかかってる状況で、並んだテーブルと椅子の向こうに死んだような魚の目をした管理職の皆さんが200人ぐらい並んで座っておられるのを見て、とりあえずこのイケスから海にリリースしてやりたい気分になるわけですよ。お前ら親に愛されて育って、良い大学出たのに死んだ目をした魚として職業人生を送っていくのかよ。
日本企業の苦境というのは、死んだ目をしていても最後まで生き残った魚がトップに上り詰めることが往々にしてある、また、高い商才を発揮したワンマンに尽くせる死んだ目をした魚が出世してしまう組織が織りなす弊害が理由なんだろうかと思う次第で。
イケスにいれば餌は保障される、海は生きていくのはやっとだとしても、もう少し、自分の力と意志で生きていけるようにしたほうが……と思ったりもするのですが。