伝説の素人モデル
「この店は2002年からはじめたんで、20年になりますね。いい歳になってきたんで、AVの仕事より何か違うことやらなきゃなと思って。この界隈(かいわい)では飲んでなかったんですけど。この店の入口に『貸店舗あります』って貼り紙があったんです。いま、ゴールデン街は大人気だから1年半とか待たないとお店が持てないけど、20年前はまだそんな感じで。たまたま見つけて電話したら7人応募者がいて。大家さんが、女の人にやってほしいということで、すぐにわたしに決まっちゃった」
ゴールデン街のほとんどの店舗には大家がいて、店子に貸し出す形式である。
「大家さんが1万円のお祝い袋みたいのをくれるから、びっくりして。マンションとかアパートを借りるときはそんなことやってくれないじゃない。大家さんの旦那さんは公務員。わたしが家賃払って3年くらいたったら、新宿に大家さんのビル建ってた。家賃収入って大きいなって思って。アハハハ。ベランダ代はわたしが払ってるな」
一説にはゴールデン街の店舗所有権の値段は2、3000万円ともいわれている。
「20年やってきて、景気のほうは山あり谷ありですね。谷はいま(取材時のコロナ第6波)なんだけど。山はラグビーワールドカップのとき。外国人のインバウンド景気がすごくて、この辺は日本人がアウェーみたいになってた。外国人向けガイドブックでゴールデン街のことが紹介されてたり、SNSとかでも広がってるんで。うちもその期間、常連になる外国の人がいた。イギリスの人が多かったかな。1カ月かけて、そこら中にラグビーの試合見にいってた裕福な人も多くて。ニュージーランドの人たちは店の中でハカを踊ったりしてた。アハハハ」
中村京子といえば、Dカップ京子の異名を持ち、80年代『平凡パンチ』をはじめとして数多くの雑誌グラビアのヌードモデルとして活躍した。
80年代は素人がもて囃された時代だった。
その筆頭が女子大生であり、中村京子は第1走者になった。