告知を受けてから取った意外な行動

 もともと不眠症だった僕は、10年近くにわたって睡眠導入剤を服用していた。

現在の長田氏 ©文藝春秋

 しかし、この告知の少し前から薬なしで眠れる日が増えていて、「眠剤離脱」も視野に入っていた。そして、いま思うと不思議なのだが、告知を受けた日の夜も、僕は眠剤を使わずに眠ることができたのだ。

 告知を受けた翌日は雑誌の取材で、ある高名な作家の夫人へのインタビューの仕事があり、東京の多摩地区に出かけて行った。取材は特に問題なく終えることができた。転移の告知を受けたことなどは、取材対象はもちろん、同行した編集者にも言わなかった。

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 ただ思うところあって、僕は取材が終ると編集者と別れて、自宅のある新宿とは反対方向に向かう電車に乗る。そして相模大野という駅で降りて、駅周辺のマンションを見て回ったのだ。

 僕の主治医は東海大学医学部腎泌尿器科准教授の小路(しようじ)(すなお)医師。小路医師の診察は神奈川県伊勢原市にある同大医学部付属病院で行われる。新宿の自宅からは1時間半から2時間ほどかかる距離だ。今後通院や入院の頻度が高まった時に備えて、病院に近いところに転居したほうがいいのではないかと考えたのだ。

小路医師 ©文藝春秋

 相模大野を候補地に選んだのは、通院にかかる時間が半減することはもちろんだが、街が栄えていて、都心に出るにしてもロマンスカーが利用でき、比較的近くに親戚(このあと登場する叔母とその家族)が暮らしていることなども理由としてあった。駅周辺を小1時間歩いて、いくつかのマンションの名前をメモしているうちに日が暮れてきたので、居酒屋で一杯飲んで帰って来た。転居するとなると、自宅から歩いていける距離に馴染の居酒屋を持たなければならない。この日入った店はチェーン店だったのであまり参考にはならないが、人間はがん転移の告知を受けた翌日でも、酒の心配をするものなのだということを知ることができた。

 この「周囲への告知」は、経験者にしか分からない苦労だと思う。

 そんなこと気にしなくていいのに、という人もいるだろうが、そういう人は気にしないし苦労もしないのだろう。このあたりは「性格」によって支配される問題なので、自分ではどうすることもできない。

神奈川県伊勢原市にある東海大医学部付属病院 ©文藝春秋

 事情を聞かされた人は確実にショックを受けるし、僕のことを心配してくれる。一方の僕は、相手が受けるショックと心配を最小限にしたいので、どうすれば相手が冷静かつ正確に理解してくれるかを考える。なにゆえがんの患者がそこまで周囲に気を遣わなければならないのか――とも思うが、正しく理解してもらわないと過剰に心配されることになり、それは患者にストレスとなって跳ね返ってくる。それを未然に防ぐには、丁寧かつ慎重に伝える必要があるのだ。

 これは自身が患者になって痛感した事実だ。

※長田昭二氏の本記事全文(8500字)は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」に掲載されています。全文では、下記の内容についても触れられています。
・「過剰な心配」が患者自身のストレスになる
・月に一度の外来ではどんな治療が行われるか
・遺伝子検査に期待して良いのか?

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