中学生選抜での苦い思い出

――中学生選抜で、磯谷先生は愛知県代表(岐阜県内ではなく愛知県内の私立中学に通っていた)でしたが、愛知県代表は磯谷先生の2年前まで、3年連続で全国優勝しています。2年連続で優勝した今井絢女流初段も、その前に優勝した女子も強くて有名でした。奨励会に入る女性はとても少ないですけれど、わずか4年の間にそのお二人と磯谷先生の3人が奨励会に入ったので、愛知はレベルが高いなと思っていました。

磯谷 お二人は2歳上と1歳上で、研修会のクラスはずっと上でした。同じ地区にそれだけ強い女子が2人もいたので、私がすごく期待されるようなことにはなっていなかったと思います。

 中1の時の愛知県大会では、1学年上の今井さんに勝って優勝しました。自分でも驚いたし嬉しかったのですが、愛知は中学生選抜女子の部の代表枠が2枠あるので、今井さんも代表になりました。そして、お互いに決勝まで勝ち進み、再び対局することになったんです。

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 決勝の対局は、チャンスが無かったわけではないんですけど、何一つものにできず、完敗でした。やっぱり勝てないんだなと落ち込みました。

――中学生選抜の全国大会は「ほほえみの宿 滝の湯」で行われ、選手同士が相部屋で2泊します。女子同士で仲良くなり、修学旅行のように楽しく過ごしたという話も聞きます。内山あや女流二段にインタビューさせていただいたときに、2学年上の磯谷さんと客室で練習対局をしたお話を伺いました。

磯谷 そのことは私も覚えています。内山さんとは今でも交流があるのですが、いつも穏やかで、勝っても負けても顔に出ません。落ち込んでいたとしても、それを悟られないように振る舞うことができるのは、すごくいい子だなと思いますし、その明るさに救われることもあります。

 でも、私はそういうタイプではなくて、負けたのに楽しく過ごすなんて許されないと思ってしまうんです。当時は気持ちの切り替えもうまくできませんでした。

――準優勝だった中1や、準決勝で宮澤紗希女流初段に負けた中2では、楽しく過ごせなかったのでしょうか。

磯谷 中2の時は準決勝で負けて、その後に夕食がありました。みんな仲良く夕食会場に向かったと思うのですが、私はそんな気持ちになれなくて、1人で部屋に残り布団をかぶって丸まっていました。

 帰りの新幹線ではずっと無言で、母も無言で、期待を裏切ってしまったという気持ちもありました。

 宮澤さんは当時から凄く強かったから、私が負けたのは仕方なかったのかもしれませんが、自分だって優勝候補だし、勝ちたかった。母もきっと「優勝してほしい」と期待していたはず。そう思うと、当時の自分にはかなりきつかったです。

©︎文藝春秋/杉山秀樹

――奨励会に入会した頃の話に戻ります。磯谷先生の他の記事や山崎九段の記事で、奨励会時代は今ほど努力できていなかったという話を読んだことがあります。実際にそうだったのでしょうか。

磯谷 そうですね。私は人と指すことで強くなってきたのですが、奨励会レベルになるとそれがうまくいかなくて。将棋道場は奨励会員には物足りないですし、他に指す場を作ることができませんでした。

 棋譜並べなど1人でできる勉強も身が入らず、詰将棋も進まないというありさまでした。(つづく)

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次の記事に続く 「奨励会をやめた日のレシートは、ずっと捨てられませんでした」プロ棋士への道を諦めた磯谷祐維が、もういちど将棋を楽しめるようになるまで

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