「精神的にアナーキーでいることが必要」

 30代のときに取材を受けた記事では、こうして趣味に熱中している余について「ボーッとしている時間があれば、つねになにかをしていたい性格」と紹介された。本人はその理由を《精神的にアナーキーでいることが必要だと思うからです。なぜって、私たちって、肉体的に過激なことをやろうと思ってもできないでしょう》と説明し、続けて《つまんない人間ですよ》と自嘲してみせた(『アサヒグラフ』1994年4月29日号)。

42歳当時の余貴美子(1998年撮影)

俳優の仕事は「肉体を“建設”していく」こと

 もっとも、俳優である余にとって、役を演じるうえでは精神だけでなく肉体も重要な要素だ。前出の椎名誠があるプロデューサーから聞いた話では、余が老婆役で出演した公演で、休憩中に楽屋を訪ねたところ、彼女は背中を曲げてしゃべり方も老婆のまま役になり続けていたので、さすがプロだと相手を感服させたという。

 その話を聞いた当の余は、そんなにたいしたことではないと《年をとった役って、力が抜けてるから楽なんですよ。若い役だと歯切れ良くしゃべらなきゃいけないから口元も緊張させているんだけれど、年齢を重ねた役だとほとんどどこにも力を入れない》、《逆に、若い役をするときは難しい。死んでしまった細胞を起こさないといけないというか。顔や頭の皮膚を伸ばし直すような感覚です》と返している(『サンデー毎日』前掲号)。この言からすると、老婆を演じるときの彼女は、肉体を解放できるという意味でアナーキーな状態でいられるともいえそうだ。

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 いずれにせよ、彼女にとって俳優業とは、《肉体を“建設”していくのが、俳優の仕事なのかな。たいしたことのないこの自分を、いかに築いていくか。肉体も、顔も、人格も――。役を作るというのは、その人の人格や人生を作っていく作業ですから》ということになる(『婦人公論』2007年8月7日号)。

 そう語ったのと同じインタビューで彼女は、《私生活と仕事の切り替えは、あまりないかな。生きていることも演劇で、演劇しているときも生きている。カッコよく言っちゃったけど、演劇以外にやっていることがないんでしょうね》とまたしても自嘲めかして話しているが、俳優のなかでも「生きていることも演劇」と言い切ってしまえる人は少ないのではないだろうか。(#2につづく)

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