好奇心だけで演劇の世界へ
余によれば、それまで演劇など観たことすらなかったが、友達が入団試験を受けるので一緒に受験したところ、自分だけ合格してしまい、ただ好奇心だけで入ったという。
先に引用した発言で「トンカチ持ったり衣装を縫っていた」とあるとおり、自由劇場では俳優を含め劇団員全員がおのおのトンカチや裁縫道具を持ち、大道具を運んだり小道具や衣装をつくったりするのが当たり前だった。《でも私ときたら、共同作業がとにかく苦手で、劇団には全然向いていなかった。毎日のように、お前はダメだ、下手くそ、バカ、アホ、ブス…と言われてました》と余は当時を述懐する(『anan』2015年2月18日号)。
来る役もおばあさんや物乞いばかりだったというが、『上海バンスキング』の再演ではリリーという歌手&ダンサーの中国人を演じて注目された。自由劇場に在籍した後期には、本人はさほど自覚していなかったものの、先輩から結構いじめられもしたようだ。なかには、余と意見が合わないと、本番中、一緒のシーンなのに彼女を置いて舞台から出ていってしまう人もいたという。
裸で舞台に立ったことも
演出家の言葉も絶対であり、いやとは言えなかった。ある公演で妖精役を演じたときは、演出家の「妖精は服着てないだろう」の一言で、全裸で舞台に立つことになった。余いわく《さすがに本番はふんどしぐらいは付けなきゃ、という話になって、衣装担当の秋川リサさんが(手で小さな三角をつくって)このぐらいの布を作って、ちょんとつけて。私は妖精の親分役だったんで、「お前は鳥だ」って、乳首に羽を張り付けてました》(『週刊文春』2008年11月27日号)。
辞めなかったのが不思議なくらいだが、余に言わせると《辞めなかったのは、自分でも偉いなと思っています(笑)。当時、辛いこと以上に、シナリオにあるセリフを人と言い合っている瞬間が楽しかったんです》(『anan』前掲号)。