山内らによる研究はどんなものだったのか?
1919年、彼らは世界の定説に挑むため、極めて厳密な人体感染実験を計画した。
3人はまず、43人のインフルエンザ患者から痰を集めた。そして、看護師や友人など、実験の意義に賛同した24人の志願者を対象に実験を行った。この志願者のうち、6人はすでにインフルエンザに感染して回復した人々であり、残りの18人はまだ感染したことのない人々である。
この内、半分には細菌濾過器を通過させて細菌を完全に除去したサンプルを、もう半分には濾過をしないそのままのサンプルを咽頭内に接種した。
結果は明白だった。
インフルエンザにかかったことのない人々は、濾過の有無にかかわらず一様にインフルエンザの症状を発症した。その一方で、すでに感染したことのある人々は全く発病しなかったのである。
また、細菌濾過器で濾過した患者の血液を6人に、同様に濾過した痰を4人に、それぞれ皮下接種した。この実験でも、すでに感染経験のあった1人を除き、残りの志願者はすべて発病した。
一方で、当時世界中で病原体と信じられていたファイファー菌を咽頭に接種された14人の志願者は、全員がまったく発病しなかった。
世界初となる「濾過性ウイルス」の発見
3人はこれらの実験結果をまとめ、1919年6月7日付のイギリスの権威ある医学雑誌『ランセット』に、共著論文「インフルエンザの病原体:実験的研究」を発表した。
彼らは論文の中で、インフルエンザは細菌濾過器で除去されない濾過性ウイルスによって引き起こされる病気であり、定説だったファイファー菌が原因ではないと主張したのである。
当時、山内らのほかにも世界で4つの研究グループが「濾過性ウイルス」の発見を報告していた。
しかし、山内ら3人の報告は、それらのどれよりも内容が広範であり、科学的に最も美しくまとめられていた。何より、病原体と目されていたファイファー菌を実際に人に接種したのは、山内ら3人だけだった。
もし当時、山内らの研究が世界、そして日本国内で正当に認められていたならば、その後の歴史は大きく変わっていたに違いない。
