映画『FUJIKO』の舞台は1977年の静岡である。男尊女卑のマインドが色濃く残る時代にシングルマザーとして生きた“菅波富士子”は木村太一監督の母親がモデルだという。企画・プロデュース・出演を担ったのは木村監督の盟友・MEGUMI、富士子役には片山友希が抜擢された。

片山友希(左)とMEGUMI ©︎深野未季/文藝春秋

女性をエンパワーする作品に関わりたかった

──この作品を世に出すことになったきっかけは?

MEGUMI 木村監督の映画『AFTERGLOWS』に私が出演して、監督と仲良くなったんです。ある日、呼び出されて「自分の母親が主人公の作品を作りたい」と。私は自分が関わっていくのは“女性をエンパワーする作品”だと決めていたので、監督の企画に相通じるものを感じました。

ADVERTISEMENT

片山 私は木村監督に初めてお会いした時に、「片山さんのような感覚の人を探していたんです」と言って頂いたのが嬉しかったです。

MEGUMI 片山さんは珍しいくらい普通の感覚を持った俳優さんなんですよ。達者なお芝居をされますが、全く俳優然とはしていなくて、ぶっちゃけて何でも話してくれる──垣根がなさ過ぎて心配になるくらい(笑)。だからこそ、富士子役がフィットすると思ったんです。

片山 初めて脚本を読んだ時自分が京都から上京したばかりの頃を思い出したんです。お金もなくて、友達もいなくて──それでも何とか生きてこられた。私が富士子から感じたのは、悲劇のヒロイン的心情ではなく、「いっちょ、やってやりますか!」というプラスのエネルギー。監督のお母様にもお目にかかりましたが、本当にフラットで、自分の気持ちに正直な方なんです。「暗い映画にはしないでほしい」と仰っていました。

© 2026 FUJIKO Film Partners

──実在の人物を描くことに難しさはありましたか。

MEGUMI 完成までに4年かけてるんですけど、今まで私が関わってきた作品の中では一番喧嘩したと思います。監督も私も良いものにしたいという気持ちがあるがゆえにもう問題しか起きない(笑)。

片山 脚本が改訂されるたびに、私も確認させて頂いていたんです。だから、富士子の考え方や行動が全て理解できて、役に対してのプレッシャーは全くありませんでした。そんな環境を整えて頂いたことに感謝しています。

MEGUMI そう言ってもらえると嬉しい! 台詞に関しては本当に監督と揉めました。私が「こんなクサいセリフ言うかな?」って聞いたら、監督は「いや、言うんスよ」。もう運命共同体ですから、感情剥き出し。とはいえ、監督は繊細な熊みたいな方なので(笑)、随分励ましましたよ。