2026年4月から5月にかけて行われ、日米比をはじめ多国籍部隊が一堂に会した合同演習「バリカタン 26」。フィリピンの灼熱のビーチに、戦後初めて1400人の「日の丸」実動部隊が上陸した。

 小銃からハイマース(HIMARS)、地対艦ミサイルまで——。実弾が飛び交うその現場を、報道カメラマンの不肖・宮嶋がリポートする。(全3回の2回目/つづきを読む)

撮影=宮嶋茂樹

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ノルマンディーさながらの実弾射撃訓練

 フィリピンの抜けるような青空の下、35度を超える熱線と白いビーチから照りかえす紫外線が容赦なく降り注ぎ、じりじりと肌をこがす。

 さらに「ハイマース(高機動ロケット砲システム)」の射撃衝撃波が体に襲いかかる。

 実弾射撃を間近で撮影する必要のある取材カメラマンにも、防弾チョッキの着用が義務付けられた。その下は汗がしたたり落ち、頭上には重い鉄パチ(防弾ヘルメット)がのしかかり、背骨が悲鳴をあげる。

 ここは羽田から民間機と車を乗り継ぎ12時間。距離的には台湾からバシー海峡を挟んでわずか400kmの、ルソン島北西部沿岸からパラワン島にまで渡る海岸線である。

 これらの島々の海岸線で、小は小銃から大は地対艦ミサイルまでの実弾射撃が行われるのである。

 海面には標的であるUSV(無人艇)が走り回り、上空には回転翼・固定翼のUAV(ドローン)、フィリピン空軍のUH-60通称「ブラック・ホーク」ヘリや、米陸軍のAH-64通称「アパッチ」ヘリが飛び回り、索敵に余念がない。

撮影=宮嶋茂樹

 ビーチや海岸線には敵兵を模したホップアップ式(実弾が命中すると倒れ、しばらくすると起き上がる)標的が無数に立てられ、砂深いビーチでも自在に動く装軌(キャタピラ)履きの車両が遠隔操作で走り回る。もう気分は1944年6月6日のフランス、ノルマンディー海岸である。

 ノルマンディーはこんなに暑くもなかったし、青い空もなかったが。

米国製ロケット砲システム「ハイマース」の威力

 早朝から静まり返ったビーチに轟くのは、参加国の中で最大となる1万1000人の兵力と武器を派遣した米軍の海兵隊が放った、ハイマースの連続発射音であった。

撮影=宮嶋茂樹

 このハイマースの実弾射撃だが、不肖・宮嶋はかつてハワイで、また国内だと北海道の矢臼別演習場で目撃したことがある。だが、その破壊力と命中精度をまざまざと目の当たりにしたのは、3年前のウクライナの東部。ロシア軍にしばらく占拠されていた主要都市・イジューム郊外のバラクレアという小さな町であった。

 ロシア軍はこの町の物流センターを接収し、大隊規模の司令部と宿営地を築いていた。だが、ウクライナ軍は米軍から供与された「ハイマース」をこの司令部に連続して放ち、司令部は一瞬のうちに瓦礫とロシア兵の死体の山と化したのである。