ミサイルが着弾したのは、現場にクルマで駆けつけた直後。爆発の瞬間、不肖・宮嶋の目にピンク色の炎が見えたほどの近距離である。その爆発で乗っていたクルマはズタズタになり、頭部からわずか10cmの距離に破片が直撃。しかしもっとショックだったのは、集中砲火を浴び、孤立した町にワシを残して、地元運転手がベイルートに逃げ出してしまったことである。その後の運転手の行方は杳として知れない。
なおヒズボラの指導者だったハッサン・ナスナラ師は一昨年9月、IDFの空爆により死亡した。
新たに目撃された「スティンガー」
さて「バリカタン」に戻る。対空の目標となったのは、回転翼と固定翼双方の無人機。それらの目標を35mm機関砲が次々に撃墜するさまが望遠レンズ越しに目撃できた。
最後は米海兵隊が放った個人携帯型地対空ミサイル「スティンガー」が見事、大型固定翼無人機(UAV)にダイレクト・ヒット(命中)。UAVは炎を上げて爆発、撃墜された。
今回、ここで新たに目撃されたのは、米海兵隊の新型汎用装甲車JLTVの無人砲塔からリモコンで発射された「スティンガー」であった。
このスティンガーは、1978年から10年以上続いたソ連軍(現ロシア)によるアフガン侵攻時、冷戦でソ連と対立していたアメリカがアフガンのムジャヒディン(イスラム戦士)に供与して名を馳せたことでも知られる。
険しいアフガンの山岳地帯でも一人で楽々運べるスティンガーは「ミル(ヘリ)・キラー」として、ソ連軍パイロットを震え上がらせた。これを肩に担いだムジャヒディンが岩陰から飛び出すのが見えれば、すでに遅し。ヘリのエンジン熱に目がけて向かってくるスティンガーから逃れるすべはない。
このスティンガーは、実はNATO軍からウクライナにも供与されている。目下の戦争で、ロシア精鋭部隊としても知られた空挺部隊がさっぱり役に立たなかったのは、部隊を降下させるべきヘリがこの「スティンガー」により次々と撃墜させられたからである。「スティンガー」は高価だが、現在戦場を支配するようになったドローンや有人戦闘機までを相手に生身の人間が戦う手段として、有効だと証明された。
しかし、日本やオセアニアからもこんなビーチにまで駆けつけたフィリピン内外のメディアを最も驚愕させたのは、意外にもすでに旧式になりつつあった陸上自衛隊の88式SSM(地対艦誘導弾)であった。


