「やはりどこかで助けられるんですよね、長い間やってれば」
その言葉は、じんわりと心の奥に沁みた。
「老後の不安」は考えたことがない
終始、軽快かつ穏やかに取材に答えてくれた北原さんだが、ここで一つ率直に聞いてみたいことがあった。「プレジデントオンライン」の読者には、定年後の生活に漠然とした不安を抱えている人も多いはずだ。80代になっても現役を貫くこの人なら、何か答えを持っているのではないか――そう思い、「定年後はどう過ごすのがいいか」「老後の不安とどう向き合ってきたのか」を聞いてみた。
「少しでもいいから、働き続けた方がいい。できれば、(定年後も)同じ仕事を続けるのが一番ですよ。ゼロから覚え直す必要がないから。あとは勉強したり、新聞を読んだり。とにかく、前向きに動き続けることですよね」
そこへ、傍で聞いていた潤子さんが、ハツラツとした声で言い添えた。
「老後が不安だ、嫌だって言ったってさ、やっぱり努力しないとね。精一杯生きていれば、そんな不安もへったくれもないでしょ。老後の不安だなんて、あんまり考えたことないよね」
「そう」と北原さんは頷く。
「だからね、振り返ってみたら『あれ、俺歳取ってんな』って気づくの。いやだね。自分ではそう思ってないんだもん(笑)」
この二人は「老後」を意識する暇もないほど、実直に仕事に向き合ってきたのだろう。「老後の不安」は人によって違うし、解消する方法も異なる。ただ、目の前で笑い合うこの二人の姿は、紛れもなく一つの答えだと感じられた。
100歳まで店に立ち続ける
「うちの親父はね、100歳まで店に立ち続けたんですよ」
創業者である先代は、晩年はパンを作ることはできなくなっていたが、店の片隅に座って、訪れるお客さんと言葉を交わしていた。人との会話が、何より生きがいだったのだろう。北原さんはその背中を間近で見てきたからこそ、「辞める」という選択肢が頭の片隅にも浮かばないのかもしれない。
「一生懸命働いてさ、お客さんにエネルギーもらってさ、100歳までがんばれるよ」
笑いながらそう言い切った顔に、迷いはなかった。今夜も街が寝静まった頃、作業場の明かりが静かに灯る。
フリーライター
1987年、神奈川県生まれ。2010年からインフラ企業で営業・営業企画を経験し、2022年に独立。現在は、ストーリーライティングを軸とした取材・記事執筆などを手がける。企業の広報から経営者インタビューまで、営業現場で培った人との対話力を活かし、企業の持つ本当の価値や想いを言葉にして伝えている。
