ケーキの描写は難しい

――そして今回の新刊は、ケーキ屋さんが舞台ですね。

 主人公は、亡き祖父から受け継いだ洋菓子店の二代目・花丘春。折からの人手不足やメニューのマンネリ化で下降気味の売上げを何とかしなければ、と日々奮闘するが、ある日とうとう体を壊してしまう。そこへかつて共に修業した有沢壱悟(いちご)が、よく似た顔立ちの女の子・璃々花(りりか)を連れて店を訪ねてくる。クリスマスの時期だけ壱悟に店を手伝ってもらうことにしたが、何やら複雑な事情を抱えているようで……。

小湊 ケーキの描写は、また違う難しさがあります。パンにも通じるのですが、焼き上がった時のフワッとしたいい香りなどは書きやすいものの、わりとバリエーションが少ないです。だからデコレーションなどで差を出しました。

 今回最初に書いたのは、まず王道の苺ショートケーキ。そのあとのバタークリームケーキ、シュークリームは、花丘洋菓子店が昭和の時代から続いているという設定なので、レトロさを出したくて。バタークリームケーキは、昭和の終わりくらいまではよく売っていたようですが、昔のものは少しくどかったですよね。専門書を何冊か買って、こういう種類があるとか、こうやって作るのかとか自分なりに研究しました。花びらや葉の形を作っていくのは、バタークリームならではの楽しさですね。

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 コーヒーを使ったモカロール、苺をふんだんに使ったタルトは、ケーキのバリエーションをつけたくて登場させました。

――主人公の春は、経営難におちいって体調を崩したり、結婚がうまくいかなかったり、実家の親と価値観がずれていたり。ちょっと人生に後ろ向きになっています。

小湊 30代って、結婚・出産で生活や友人関係も変わってきたり、仕事も重要なことを任されたり、健康面で気になるところが出てきたり。いろいろな岐路に立ったりする歳でもある。これまでは学校を出て働きだしたくらいの20代を多く書いてきましたが、今回初めて30代の女性を主人公にしたことで、そういう年頃の人の心情も書いてみたいなと思いました。

 春には、店を自分が守っていかないといけないというプレッシャーもある。仕事との向き合い方も、今後書いていきたいですね。

――そんな弱り切った春の前に、7年ぶりに現れたのが壱悟。とてもざっくばらんで気取らない、でもなんとなく摑みどころがないというか……。そして璃々花は、素直で健気な少女です。

小湊 壱悟は元はちょっとゆるい脱力系キャラなのですが、姪の璃々花を突然育てることになり、しっかりしなければと自分に言い聞かせています。昔からよく知っている春とは、姉弟のような関係性といえるでしょうか。

 璃々花は5歳にして自分の境遇がある程度わかっていて、聞き分けがいいのだけれど、まだまだ子供だし我慢しちゃっているところもある。璃々花の成長も含めて、3人の絶妙な関係がこれからどんなふうに変わっていくのか――、私も楽しみにしています。

 新しいメニューを開発して、花丘洋菓子店のショーケースをいっぱいにするという課題もあります。春の得意な技術を生かしたチョコレートケーキや、季節のお菓子の移り変わり・悩みごとなども書いていきたいです。

カバー絵を描かれたのは、『団地のふたり』『水車小屋のネネ』の装画や、お菓子のパッケージデザインで知られる北澤平祐さん。