医者として病院で働き始めてからも、それは変わらなかった。
ある時、救急で重症の患者が運ばれて来た時に、フリーズしてしまった。医師である水野さんがフリーズするとみんなが動けなくなり、どんどん状況が悪化して焦りがつのる。そこで、考えていることを声に出してみると、するするとみんなが動き出した。
振り返ってみれば、今までも声に出している時の方がうまくいっていたし、訓練のときも声に出すように指導されていた。
以来、「今ここでつまずいています」「なぜこうなるか理由を考えています」など、自分が考えていることを積極的に口に出すようにすると、相手の気持ちが分からなくても、理解してもらえることが増えた。
医者として「命を救う」という命題があったからこそ、図らずも生来の特性だった「相手の気持ちが分からない」という壁を突破するための方法を見つけたのだ。
患者の声に耳を傾けきれなかった夜
他人の気持ちを理解するのが苦手な水野さんが、日々の診療でお守りのようにしていた言葉がある。近代医学の父と呼ばれたウィリアム・オスラーの「患者の声に耳を傾けよ。患者が診断を教えてくれるだろう」という言葉だ。データだけではなく、患者の訴えに耳を傾けることが重要だという意味である。
90歳の重症心不全患者の担当になったときも、人工呼吸器が取れた後、オスラーの教えに従ってじっくり患者と対話をした。日々の食事や嗜好品を確認して目標を決めると、患者のデータはみるみる改善した。
ところがその数日後の夜、看護師から「何かおかしいので来てほしい」と連絡が入る。しかし、激務に追われて5日ぶりに自宅に戻ったばかりだった水野さんは、「データは問題ないはずだし、少し休んでから行きます」と伝えた。
2時間後、再び電話が鳴り、「心肺停止状態です」という。慌てて駆けつけ、数時間かけて心肺蘇生を試みたが、結局心拍は戻らなかった。
最初の連絡で駆けつけていれば、違ったかもしれない――。苦いものがこみ上げた。