患者が在宅を選んだのは、最後まで自由に趣味のスポーツ観戦をしたいというのが理由だ。医療の正確性よりも患者との関係性に信頼の核心があると父から学んでいた水野さんも、「末期だから家で寝とけっていうのは違う。やれることはある」と患者の希望をサポート。

リスクと天秤にかけ、「6時間も相撲観戦なんて、まともな医者なら許可せえへん」と言いながらも本人の希望を尊重し、「大阪で開催された大相撲の千秋楽に同行した。

けれども、患者は次第に食が細くなり、容態も悪化。治療や看護のために毎日患者の自宅を訪れていた看護師は、「最後に福岡まで野球観戦に行きたい」と言う患者の希望を叶えたいと主張した。ところが、水野さんはこれに反対する。

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「死んでも行く場所はここじゃない」

「一日も欠かさず抗生剤を入れて、痛みを抑える麻薬も使って、輸血もして。普通なら即入院になるような状態で新幹線に乗せるのは、ちょっとありえないと思ったかな。本人は『死んでもええから行く』って言ってたけど、実際に現場で緊急搬送みたいなことになったら、球場という楽しい場所が周りの人にとっても別のものに変わってしまうわけやろ。死んでも行く場所はここじゃないんじゃないかって思ったんです」

本人や家族の希望は確かに重要だ。だが、トラブルが発生したときの懸念は大きい。

ただ水野さんには、患者に近い看護師の言葉に耳を傾けなかったことで命を救うことができなかった、かつての後悔があった。

何度も話し合いを重ねた末に、結局、「何かあったらすぐに引き返す」という条件付きで、看護師が同行して点滴をしながら向かうことになる。

2024年、その様子がテレビ大阪のYouTubeで公開されると、560万回再生を記録し、感動を呼んだ。しかし、賞賛の声が多く寄せられた一方で「そんなに医療費を使って遠くまで野球を見に行く必要があるのか」というコメントもついた。水野さんはそれに対し、「それは俺もそう思う」と正直に打ち明ける。