動画は、無事に自宅に戻って看取ることができたからこそ感動物語として拡散されたが、水野さんは今でも、状態が悪くなった患者を福岡まで行かせるべきではなかったのではないか、と振り返る。
「恩返し」の裏で、無力感に襲われた保護司の看取り
2024年、少年院から出院したあとに保護司になってくれた田中輝彦さん(享年84歳)を看取った。田中さんは、医学部を目指して浪人を繰り返している時に「早く医者になって俺の死亡診断書を書いてくれよ」と優しく背中を押してくれた人物だ。
「かつての恩返しをした」としてメディアで取り上げられたが、実際は「達成感などなかった」と水野さんは言う。
肺の病気で息が苦しく、痛みが強い中「しんどい、もう死にたい」と言っていた田中さんを前に、医師としてできることは何もなく、無力感が襲った。
患者と信頼関係を育み、本人や家族の希望を第一に考えるというポリシーは揺るがない。しかし、患者の希望とは何なのか、患者の希望を叶えることが本当に正しいのか、「誰も断らない」が故に、日々迷い、葛藤を続ける。
「誰も断らない」医師は、迷い続ける覚悟を決めた医師だった
現代の医療にはさまざまな選択肢がある。ただ、「医療をどこまで介入させるか」という問いに、明確な答えはない。
いまだに「高い医療費を投じて高齢者を生かす意味があるのか」という声は定期的に浮上するが、生死の問題をコストと結びつけて議論すること自体、そもそも危うい。
水野さんは、これについてどう考えているのだろう。
「どこから意味がないことなのかっていう線引きを医者がしてしまうのは、医者のおごりやと思う。『そんなことしても意味ない』って言い出したら、タバコ吸うのも意味ないし、酒飲むのも意味ないし、みんな意味ないことになってしまうやろ。確かに医者として思うことや考えることはあるし、説明するべきことはするけど、意味があるかないかっていうよりも、その人が何を望んでるかっていうことを優先すべきやと僕は思います」