『未還の名簿 シベリア最下層捕虜・村山常雄の祈り』(青島顕 著)

 本書は、シベリア抑留死亡者4万6300人の名簿をたった一人で作った村山常雄氏の生涯を綴っている。

 ソ連崩壊と前後して日本に手渡されたシベリア各地の収容所の抑留死亡者リスト。そこには、およそ日本人の姓名とはかけ離れた文字が並んでいた。〈ヤニトア・シガノシ〉〈フニヤメ・サギヤノ〉――。シベリア抑留の生還者である村山はかの地で死んだ仲間を思い、その事実に「とめどない悲しい思いにひたされ」る。彼は70歳の誕生日を機にパソコンを購入し、正確な名簿を作ることを決意する。

 様々なルートから断続的に届く名簿には大量の重複があり、明らかに人数が合わない。それらの名簿を突き合わせて読み仮名と漢字を吟味し、手作業で重複を整理していく。それは村山にとって大きな重圧となった。ここで間違うことは一人の人間が生きた痕跡を消すことになり、もう一度「殺してしまう」ことだからだ。1日10時間を超す気の遠くなるような名簿作成作業は9年間に及んだ。

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 私はドキュメンタリー映画、そして同名著書の『骨を掘る男』で、沖縄で戦没者の遺骨収集を続ける具志堅隆松氏を取材した。名簿に記載された名前を一つひとつ丁寧に検討して修正する、その行為を通じて死者の弔いに代える。村山のその手つきは、散らばった遺骨を拾い集めて繋ぎ合わせる具志堅の手つきと重ね合わせずにはいられなかった。

 身体的行為を通じて死者と向き合い、名前という形で現在へ呼び戻す。村山の執念にも近い個人的な行為はホームページ、そして自費出版したことで公開される。遺族からは、この名簿によって死没した時期や場所が明らかになったことへの感謝が寄せられており、それは名前という固有のものがいかに代え難いかを物語っていた。

 村山名簿をもとに、毎年8月、死者の名前を読み上げる取り組みも印象的だ。遺族や語り継ごうとする若い世代が、名前を声に出すという行為を通じて新たな事実の発見や誤記の修正を促す。その意味で名簿は生き物のように成長を続け、村山の意思は生き続ける。

 毎日新聞の記者として長年村山を取材した著者は、2014年に村山が亡くなった後も、書き残したメモや講演記録、関係者に宛てた私信、家族や友人への聞き取りなどを総合し、その想いを立ち上げる。だが同時に、埋めることができない大きな空白があることも示される。村山自身が捕虜としてシベリアで体験した4年間の出来事の全体像だ。名簿作成の動機となっているはずのその空白に、著者は接近しようと試みる。

 様々なファクトを慎重に積み上げて著者なりの解に辿り着く過程は、まるで村山が名簿に注いだ情熱と緻密さのようだ。その手法を受け継ぎ、彼の底知れない痛みと悲しみと怒りを抱き留めながら、世に放った一冊ともいえるのではないか。

あおしまけん/1966年、静岡県生まれ。91年、毎日新聞社入社。現在、新聞研究本部に勤務。『MOCT(モスト) 「ソ連」を伝えたモスクワ放送の日本人』で第21回開高健ノンフィクション賞を受賞。共著書に『徹底検証 安倍政治』『記者のための裁判記録閲覧ハンドブック』。

おくまかつや/映像作家。沖縄戦戦没者の遺骨収集を続けるボランティア・具志堅隆松氏に密着した映画と著書『骨を掘る男』を発表。