『文明怪化奇談』(荒俣宏 著)

「銀座を歩いてたら、ショーウィンドーに怪しげなおじいさんが映っていて……よく見ると私だった(笑)。これはマズイ、もう猶予がないぞと思って、いよいよ書き始めたんです」

 そう語る荒俣宏さんは、現在78歳。飄々としつつお茶目な佇まいは変わらないが、このたび上梓した新刊『文明怪化奇談』は、あの大ベストセラー「帝都物語」シリーズ以来、じつに20年ぶりの怪奇小説だ。もとになっているのは約15年前に雑誌に連載した実録的な奇譚6本で、それを一つの小説として仕上げるべく全面的に加筆修正した。“軸”となったのは――

「明治期の新聞記者たちです。彼らが見聞きした不思議な話を怪談よろしく互いに披露する、という体裁でまとめました。これは妙案でした。こうすることで各新聞社の事情や変遷も要素として入れられたので。何しろ面白いですからね、この時代の新聞は」

ADVERTISEMENT

 つまり本書の語り手は、今は無き、または現在も続く大手紙の前身となる新聞社の記者たちだ。日本近代化の象徴で、文明開化の牽引役を自認する彼らが語るのは、国をあげて開かれた勧業博覧会に出品中の冷蔵庫での怪異、最新型の火葬炉で起きた珍事、X線を使って死のダンスを踊る異国の女優の顛末など、自紙には書けなかった“明治の世にそぐわぬ”奇談の数々。

 さて、その設定からして、どうにも皮肉めいている。さらに作中、〈文明開化には、見えない危険が潜んでいる〉〈文明開化病〉といった表現もたびたび登場する。

「だって、文明開化ほど怪しいものはないでしょう?」と荒俣さん。「西洋科学は確かに日本を豊かにした。でも、当時の人々が科学というものをどんなふうに受け止めていたのか考えてみてください。そして実際、たいしてわかってもいなかったのに取り入れてしまった。そこで起きた摩擦が、大小さまざまあるわけです」

 そう聞いて思い至るのは、AIに振り回されている令和の世の私たちだ。

荒俣宏さん

「そう、まさにそれですよ。ただね、これを書くことができたのも、古い新聞のデジタルデータ化が進んだおかげ。自宅にいながらネットを介して創刊号からの膨大な量の記事を読むことができた。そこで見つけた話がタネです。もちろん全てではないですが」と、微笑む目はやはり鋭い。博覧強記で知られる荒俣さんだからこその虚実混交加減は、間違いなく本書の魅力だ。

 しかし続けて語ってくれたのは、少し意外な裏話だった。いわく、「本書の主人公は、実は女性たちなんです」。改めて全編を振り返ると、婦人記者にして大逆事件で処刑された唯一の女性・管野須賀子、文明開化を体現するような実業家・鹿島清兵衛の妻で元芸妓のぽん太、あるいは電気が止められた怪屋敷で電話番を続ける女中、蘭方医のもとに単身大砲を借りにきた漁師の女房。いずれも一筋縄ではいかない個性を持った女性たちが活躍している。

「大きく世の中が変わっていく時代、オロオロするばかりの男たちを支えたのは誰だったのか、ということです。私は常々、女性が持つしなやかさこそ人間本来の強さ、本当の生きる力なんじゃないかと感じてきました。それを描きたかった。同じように、虐げられながらも世の中を変えてきた人々の姿には惹かれます。いわゆる英雄譚ではない物語を、今、書いておくべきだと思っているんですよ」

 次作の準備も進んでいる。次の主人公は、文明開化の陰の立役者である本草学者だという。すっかり“小説家モード”に入った荒俣さんから目が離せない。

あらまたひろし/1947年、東京都生まれ。作家、翻訳家、博物学者、幻想文学・神秘学研究家。膨大な知識を駆使してジャンルを超えた執筆活動を展開。87年、初の小説『帝都物語』で日本SF大賞を受賞、同作は映画化もされ、シリーズ累計は500万部を超える。

文明怪化奇談

荒俣 宏

KADOKAWA

2026年3月30日 発売