契約書に記されたわずか1行の条項が、一人の選手の運命を劇的に変えるとしたら、あなたはどう感じるだろうか。

 少年時代「落ちこぼれ」と呼ばれた塩貝健人(21)。慶應義塾大学を休学して欧州へ渡り、瞬く間にサッカーW杯日本代表へと上り詰めた。 その鮮やかなステップアップの裏には、代理人が仕掛けた緻密な「違約金交渉」の駆け引きがあった。

 ドイツの大手代理人事務所「Sports360」に所属する龍後昌弥氏の著書『最強の代理人 欧州最前線の代理人が日本サッカーを強くする』(KADOKAWA)より一部を抜粋して紹介する。(全2回の1回目/2回目につづく

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異例のキャリアを歩んできた塩貝選手

 このような「違約金の設定」が実ったのが、2026年1月の塩貝健人選手のボルフスブルク移籍でした。

 塩貝選手は異例のキャリアを歩んでいる選手です。

 彼の歩みは、日本の育成年代においても極めて異例なものでした。

 塩貝選手は東京都出身で、横浜FCジュニアユース時代は海外遠征メンバーから外れるような“落ちこぼれ”でした。

 しかし、國學院大學久我山高校にて、ボディービルダーでもある父から筋力トレーニングを習って急激に足が速くなります。

 高校3年生のときに初めて高校選手権に出場すると一気にブレイクし、高校選抜に選出。選抜のドイツ遠征でも活躍し、欧州クラブのスカウトの間で「あいつは誰だ?」と話題になりました。

 そして、国内ではJリーグクラブによる争奪戦が勃発します。

 ただし、すでに慶應義塾大学への進学が決まっていたため、即プロ入りとはなりませんでした。

 塩貝選手は大学卒業を優先して、それまでは日本国内に留まるというのがもっぱらの噂だったのです。

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欧州クラブからも注目される存在

 2024年1月、大学1年生だった塩貝選手は横浜F・マリノスと加入内定の契約をかわし、JFA・Jリーグ特別指定選手に認定されます。

 特別指定とは高校や大学、ユースに在籍しながらJリーグに出場できる制度です。給料は出ませんが、選手はプロの舞台をいち早く経験できます。

 その後、Uー19日本代表にも選ばれており、欧州クラブからも注目される存在になっていました。