1951年(昭和26年)2月22日、東京・築地の中華料理店で、店主一家4人(42歳店主、40歳妻、11歳長男、10歳長女)の頭蓋が無残に砕かれ、惨殺される事件が起きた。現場のふすまは赤黒い血しぶきでまだらに染まり、畳は血の海と化していた。

写真はイメージ ©getty

 凶器とおぼしき血糊のついた鉈が、調理場の冷蔵庫に無造作に残されている。第一発見者は、同店の見習いコックの男(当時25歳)。警察署のすぐ裏手という場所で起きた、あまりにも大胆不敵な凶行だった。

 警察は当初、第一発見者の男を疑った。「第一発見者を疑え」は殺人捜査の鉄則だ。電話の受話器が外され、そこから男の指紋が検出されたことも疑いを深めた。しかし、男が語った「新入りの女」の存在が、捜査の舵を大きく切らせる。事件前日から住み込みで働き始めたという小太りの女。閉店後、店主が売上金を数えるのを、闇に潜むようにじっと見ていたというのだ。

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女が口にした「衝撃の告白」

 釈放された男は一転、捜査に猛烈に協力する「時の人」へと祭り上げられた。例の女のモンタージュ写真作成には寝る間も惜しんで協力し、新聞各社は彼を英雄のように扱った。やがて新聞には〈“男”が私に極力顔を見せまいとする態度から推して、一度や二度は店に来たことのあるものではないか〉などと記した、「私の推理」と題する手記まで掲載される始末だった。

 事件発覚から2週間後の3月10日、ついに手配されていた女(当時23歳)の身柄が拘束された。彼女の供述は衝撃的だった。

「犯人は、あのコックさんです」――。

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 恩義があるはずのオーナー家族をなぜ…? 【事件の詳細/コックのその後】は以下のリンクからお読みいただけます。

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