「そんな思いをするんだったら、私の腎臓1個あげますから」
私も人工透析がどんなものかを調べた。やっぱり本人の負担はものすごいし、その家族までもが大変な苦労をすることがわかった。
一方で腎臓移植をすれば、人工透析を受けなくても済むらしい。しかも、日本の場合、腎臓の提供者は親族であることがルールになっている。
私は決断した。
「先生、困ります。本人も大変だけど、私たちも大変だから、そんな思いをするんだったら、私の腎臓1個あげますから」
先生はすぐに首を横に振った。
「アンナさんは娘さんのために取っておいてください。ちょっと言い方は悪いけど、梅宮家は、がん体質だから、アンナさんの腎臓をあげても、それががんにならないという保証はない。無駄とまでは言わないんですけど、アンナさんは、娘さんのためにも取っておいてください」
とてつもない無力感。家族ですらパパを救えない。
がん家系であることをこんなに恨めしく思ったことはない。
パパだけでなく、私の腎臓もがんになるかもしれない。それって、つまりは娘の百々果の腎臓もがんになる可能性があるってことだ。
でも、人工透析を拒否すれば、尿管がんが進行してしまう。
パパは決断できずにいた。もはや選択肢はなかった。
このとき、パパは長年付き合いのあった、かかりつけ医にも相談している。するとこんな答えが返ってきた。
「辰夫さん、もうちょっと生きましょうよ。せめて、百々果ちゃんが結婚するまでは生きるべきです」
この言葉でパパは人工透析を決断した。
もっともな意見だと思う。まずは生きる道を選ぶべきだ。
でも、その後の地獄のような苦労をした今はこうも思う。
「先生、いいことしか言わなかったんだな」
先生は、治療に伴うデメリットや苦しみ、家族の負担のことは言わなかった。あんなことになると知っていたら、透析を止めたかもしれない。
正直、パパには透析をやらないでほしかった。
透析でパパの心はどんどん壊れていった。こんなことなら、がんで人生を終えたほうがよかったとすら思うくらいに。

