モデル、タレントとして華やかなキャリアを築く一方で、恋愛や結婚、離婚、シングルマザーとしての子育て、そして乳がんとの闘いまで、その人生を包み隠さず語ってきた梅宮アンナ。なぜ彼女は、数々の苦難や世間の批判にさらされながらも、自分らしく生き続けることができたのか。そして、梅宮アンナがたどり着いた人生観とは何だったのか。
梅宮アンナが自身の半生を赤裸々につづった著書『フルコース』(文藝春秋)から、父・辰夫さんとのエピソードを抜粋してお届けする。
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安楽死を推奨する政治家に
人工透析を開始してから、パパの体重は50キロくらいにまで落ちていた。
お笑い芸人・ロバートの秋山竜次くんが、パパのモノマネで、日焼けしたかっぷくのいい肉体を披露していたけど、あれはもう何年も前の姿。
最後の方は私が抱っこできるくらい軽かった。骨も浮き出て、こう言っちゃなんだけど、ミイラみたいだった。
転んだら自分では立ち上がれない。ひとりでおしっこにも行けない。
私はパパを抱きかかえるたびに、涙が出るほど悲しくなった。パパも、その間はジッと黙っている。娘に抱っこされるなんて、情けなくて仕方なかったはずだ。
そのころから、パパは自分の「最期」についてよく話すようになった。
忘れられないのは、選挙の投票日のこと。パパはどんなに体がつらくても、投票には行く人だった。
私は投票所に向けて運転しながら、何気なく聞いた。
「誰に入れるの?」
「安楽死を推奨している政治家に入れたい」
「……安楽死?」
「自分の最期は自分で決めたいんだ」
透析生活が始まってからパパの心は壊れていった。180度、人が変わってしまった。
「俺はみんなに生かされているんだ」なんて言って優しかったのに、いつしか暴言まで吐くようになった。
