パパが悪いんじゃない。病気がそうさせるんだと自分に言い聞かせてきたけど、このときばかりはつい感情的になって、まくし立てた。
「あのさぁ、治療費、誰が払ってると思ってるの? 私や世の中の人たち、国民みんなが支え合って健康保険料を払ってるんだよ。感謝してよ。私にも感謝してよ」
パパは黙ってしまった。
嫌だった、すごく嫌だった。
「パパにこんなこと言うんじゃなかった」
すさまじい自己嫌悪に陥った。
でも、パパのボヤきに、こっちが「はい、はい」とろくに取り合わないと、どんどん図に乗るし悪態をつき続ける。それが耐えられず何度も酷いことを言った。
「そんなに嫌なら、透析やめちゃえば!」
「俺、こんな体でいつまで生きるんだろう……」
透析生活は壮絶だ。透析をやめれば、おしっこが体の外に出ないから、あっという間に毒素が体内に蓄積し、10日ほどで死んでしまう。
それはわかっているのに、言い返さずにはいられなかった。
こんな生活がいつまで続くんだろう。ママも私も疲れ切っていた。パパも生きているのか、死んでいるのか、わからない状態だった。
「俺、こんな体でいつまで生きるんだろう……」
パパがボソッとこんなことを言う日もあった。
それを聞いて、いたたまれない気持ちになった。ちょっと緊張の糸を緩めると、すぐに目からブワッと涙が溢れてくる。
東京で仕事をしていても、スマホにママからの着信があると、
「ああ、パパ、亡くなったのかな」
と思うようになっていた。いや、「思うようにしていた」の方が正しいかもしれない。
頭のどこかで「パパはもう長くない」と覚悟していた。私の中でカウントダウンが始まり“そのとき”が来るまで心の準備をしていた。
写真=平松市聖/文藝春秋
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