モデル、タレントとして華やかなキャリアを築く一方で、恋愛や結婚、離婚、シングルマザーとしての子育て、そして乳がんとの闘いまで、その人生を包み隠さず語ってきた梅宮アンナ。なぜ彼女は、数々の苦難や世間の批判にさらされながらも、自分らしく生き続けることができたのか。そして、梅宮アンナがたどり着いた人生観とは何だったのか。

 梅宮アンナが自身の半生を赤裸々につづった著書『フルコース』(文藝春秋)から、父・辰夫さんとのエピソードを抜粋してお届けする。

 

◆◆◆

ADVERTISEMENT

人工透析の始まり

 手術支援ロボット「ダ・ヴィンチ」を使った前立腺がんの手術は問題なく終わった。

 でも、パパはすぐに衝撃の事実を告げられる。

「尿から悪性細胞が見つかりました。尿管がんの疑いがあります」

 6度目のがんだ。

 腫瘍になる前の細胞レベル、つまりかなりの早期発見だった。これは手術後の経過観察を丁寧にやっていたおかげらしい。

 尿管がんの手術が現実味を帯びてくると、今度は別の深刻な問題が出てきた。

「手術後は人工透析が必要になります」

 尿管がんの手術は、尿管と一緒に腎臓も摘出しなければいけない。腎臓はふたつあるので、本来は片方だけ残っていれば問題はない。

 パパの場合は左側の腎臓を摘出することになっていたけど、実は残される右側の腎臓の機能も弱くなっていた。

 腎臓の機能が低下すると血液をろ過して尿として体の外に出すことができない。体内に老廃物が溜まってしまう。つまり毒素が溜まるみたいなものだ。そうなると、わずか10日間ほどでこの世ともオサラバ。だから、人工透析が必要になる。

 このときはパパも悩みに悩んでいた。

 パパは以前から主治医に「人工透析をするくらいなら、手術は受けない」とまで言っていた。連日公演が続く舞台の仕事は受けられなくなるし、海外に釣りに行くのも難しくなる。果たして、そうまでして生きていることに意味があるのか─。