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平野啓一郎×小川洋子「フィクションだけがもつ力とは」

他人の人生を生きる――『ある男』とは何者か

きっかけは林業の取材から

小川 『ある男』の準備には、具体的にどのようなことをされたんですか?

平野 最初は宮崎に取材に行きました。その少し前に『ある男』と関係なく、住宅メーカーのカタログに寄稿する仕事で、四国の林業の取材をしたんですが、いろいろ興味深いことがありました。そして、漠然と今回の小説のようなテーマを考えた時に、社会の中で生きるのにさまざまな困難を抱えている人がたどり着く職業をいくつか思い浮かべて、林業がやっぱり気になったんですね。もちろん、林業は普通の人たちが働いてるんですけど、自分が登場人物のような事情だったら、山の中でああいう仕事をしたいかなと。舞台をなぜ最終的に宮崎にしたのかは色んな事情が絡み合ってるんですが、林業も盛んですし、ともかく取材に行ってみて、ウロウロしていたら想像が膨らんできたんです。

小川 実際、黙々と木を切っているような男がいたのですか?

平野 そうですね。地元の方に現場に連れていってもらって、そこで働いている若者に話を聞かせてもらったり。現場は山の中だからシーンと静かで、暑さ寒さがダイレクトに仕事の大変さに繋がっている。季節のいい時は楽だし、暑い時、寒い時は大変。そこは杉の現場で、杉自体は植林しているから自然そのままではないけど、環境としては自然のなか。ネットとかに日々翻弄されているような都市部の生活とかなり違うので、そのギャップは面白いかなと思いました。

小川 『ある男』では、林業に従事する谷口と名乗る男が宮崎のある町にふらりと現れ、商店街の文房具屋に画材を買いに行き、お店の女性・里枝と知り合うというところから物語が動きはじめる。読み終わって書き手の立場から考えると、あの出だしが素晴らしい。小説をラストまで引っ張るエネルギーに満ちた書き出しです。

平野 地方の商店街はシャッター通りが多いですが、文房具店や制服店は意外と残っていたりするんですね。学校、区役所、いろんなところと昔ながらの付き合いがあり、そういう店は、訪れる客が減っても生き残っていくんだそうです。

10代の自分はもうここにはいないんだ

小川 文房具屋から始まり、谷口が趣味で描いている「絵」が重要なポイントになってゆきます。最終的に「ある男」の素性に主人公の弁護士・城戸が気づくのも絵がきっかけですね。その前段階で里枝と谷口が知り合い、ふたりで絵を見ながら、言葉を交わさないんだけれど、初めて心が触れ合う。あの場面が大好きなんです。

©平松市聖/文藝春秋

平野 ありがとうございます。

小川 谷口の描いたバスセンターの絵を里枝が眺める場面に、この小説の非常に重要なポイントが隠されている。里枝は学校に行くためにいつもそこからバスに乗っていた、でも、その時の10代の自分はもうここにはいないんだと感じて涙ぐむ。そこにこの小説のエッセンスが1滴、静かに注入されていると思います。

平野 自分がそういうことを考える年齢になったからなのかなという気がしています。この年になると、SNSで思いがけず昔の友達から連絡が来たりする。そこにはお互いに、高校時代からだと20数年の関係の空白がある。そうすると、自分が10代の時に思い描いていた将来と、友人がこういうふうになるんじゃないかと思い描いていた未来と、今どうなっているかという現在とを、考えるようになりました。人生は結局1回しかないから、年を取って中年になっていくと、これでよかったのかな、と考えたりする。現状に不満がある人も、それなりに自分の人生を歩んできたと思っている人も、ふと心をよぎる疑問だと思います。