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平野啓一郎×小川洋子「フィクションだけがもつ力とは」

他人の人生を生きる――『ある男』とは何者か

作家の練習風景は怠けているようにしか見えない?

小川 蒔野とマネージャーの関係も、作家と編集者に似ています。

平野 はい、レコード会社の人も含めて。まあ、演奏するということが作家とは決定的に違いますけど。人前に出て何かやらなきゃいけないというのは、本当に大変だなと思います。

小川 蒔野も演奏会のあと、ネットにいろいろな評判が出て、それに苦しめられます。

平野 それは、今の時代を生きていると避けられないことですね。音楽家の人を書いて思ったのは、練習という概念が小説家にはないから、それは我々と違うなと。

小川 ああ、そうですね。

平野 音楽家は毎日練習をしている。テレビのドキュメンタリーでも、スポーツ選手や音楽家は、練習シーンがすごくいい映像になる。コンサートなり試合なりの華々しさとの対比もドラマチックだし、何かを目指している感じが出るし。でも小説家の場合、読書とか、そういうことがとても重要なんだけど、端から見ると寝転がって小説読んで……(笑)。

©平松市聖/文藝春秋

小川 怠けているようにしか見えない(笑)。準備にしても作業にしても、頭の中でだいたいのことが行われてしまっているんです。

平野 終わりもよく分からないですよね。脱稿してもゲラのやり取りがしばらくあるから、なにかすっきりしない。

小川 書き終ってもなお、常に未完成なものを抱えている感じですよね。