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平野啓一郎×小川洋子「フィクションだけがもつ力とは」

他人の人生を生きる――『ある男』とは何者か

人間にとって過去とは何か

小川 『ある男』は、ちょっと乱暴な言い方をしてしまうと、人間にとって過去とは何かという問題を“考えている”小説だと思う。過去とどう折り合いをつけるか、どう受け入れるか。あるいは、誰かにとっては過去は変えられるものなんじゃないか。それは、平野さんの他の小説でも出てくるテーマですね。

平野 そうですね、特に最近。

小川 今回は、過去を他人と取り換えてしまった人物の物語です。その発想はどこから来たんですか?

平野 今のお話のとおり、過去と現在の関係というのをずっと考えていて。多くの人が、フロイトのトラウマ説みたいなものにとらわれていると思うんです。子どもの時こういう体験があったから今こうなんだ、という。そのために人生が行き詰っているという実例を見ていて、その因果関係は果たしてどこまで確かなものなのかと思いました。自分で感じていることと、社会的な意味と。自分で選びようのない生まれ育ち、そういったものが強烈に不利な条件下にある人が、どう自分の人生を生きていくのかということを考えた時、違う親から生まれて違う環境で育ったらどんなによかっただろうという思いは強いだろうなと。その辺から、履歴ごと誰かと入れ替えられたら、と考えました。もっとも単に自分の好きなように過去をねつ造してしまうという話では心惹かれなかった。

©平松市聖/文藝春秋

小川 なるほど。自分の作り上げた架空の人生で人をだますという話じゃないですものね。

平野 小説にせよ映画にせよ、自分とはずいぶんと違う境遇の登場人物に、読んだ人や観た人が「自分のことだ」と共感する――フィクションはそもそもそういうものですが、あらためてその構造はどういうことなのかと考えて、自分と全く一緒ではないけれど、どこか共感するところのある他人の人生になり替わりたいという人間がいたら、と考えたのが発端でした。それを徹底していくと、人生を丸ごと入れ替える話になりました。

小川 この小説のもう一段複雑な面白さは、履歴を変えてでも生き直したいと思っている本人を語り手にするのではなく、最も客観的な立場の、城戸という弁護士の視点で書いているところですね。