50代までに計3回、中年の危機があった

東畑 酒井さんは6年前、50代前半の頃に『ガラスの50代』を書かれていますが、そのときはどんな心境だったんですか。

酒井 自分自身が中年の危機に直面したことで書いた本だったのですが、よくよく考えてみると、私にはそれまでにも2回、つまり計3回、中年の危機があったと思うんです。

 

東畑 1回目は、どのタイミングですか。

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酒井 29歳のときです。

東畑 早い!

酒井 私、高校生の頃から延々とエッセイを書いているのですが、若い頃は自分の半径数メートルの若者たちについて書けば大人が喜んでくれたんです。でも、29歳にもなると若者話が尽きてくる。このままじゃいけないんじゃないか、どうしようと。33歳頃まで悩んでいました。

東畑 そのときは自分を「中年」と思っていたんですか。

酒井 いえ、全然思っていなかったんですけど、アラ還の今振り返ると、ある種「中年の危機」的な悩みだったなと。田山花袋の小説『蒲団』は、35歳の小説家の主人公が家庭にも仕事にもうんざりしてしまい、若い小説家志望の女の子にグッときちゃうっていう話。この状況を打ち破ってくれるものが欲しい、今までの人生とは違う道を歩みたいっていう気持ちは、当時よくわかりました。

『ガラスの50代』(酒井順子著、講談社)

東畑 なるほど。夏目漱石は49歳で亡くなった、と『ガラスの50代』で書かれていましたが、確かにそのライフスパンだと35歳は煮詰まる歳なんだなと。

酒井 で、2回目の危機が35歳のときなんですよ。

東畑 次々来ますね(笑)。

酒井 30代に入り、未婚・子なしであることの悩みが高まりまして。高まりすぎて、『負け犬の遠吠え』を書いたわけなんですが。

東畑 その時は自分の中に「中年」っていう言葉はありました?

酒井 まだまだ若い気持ちでしたけど、はたから見たら「中年」だろう、という自覚はありました。たとえば、婚活市場においては、女性が35歳を過ぎると60代の男性がお相手として来ちゃったりするんですよ。そういう意味でも「中年」という現実を見るところがあったと思います。