実は「恋人と別れた」ばかり
折しも、彼女は交際していた医師と別れたばかりで気落ちしていた。私は、傷心の彼女に、精神科医として鍛え上げてきた傾聴と共感を総動員し、その心を摑むことに成功した。こうして彼女との交際がスタートした。
順調に交際を重ねた半年後、医師3年目から目標とする「神経内科」に進むことになった彼女は関東地方の病院に出向することになった。私が勤務する病院は東北地方にあり、しばらくのあいだ離ればなれになる。私は意を決した。
「遠くへ行っても、俺たちの帰ってこれる場所を作ろう。結婚してください」
私のプロポーズに彼女ははにかみながらうなずいてくれた。
精神科医としての総合病院での仕事も充実していたし、最愛の妻との新しい暮らしも始まる。私は人生の絶頂にいた。
医者同士の新婚生活がスタートした。私の勤務地と彼女の勤務地はいくつかの県を挟んで離れており、クルマだと4時間強、電車を乗り継いでも3時間の距離があった。
「神経内科」と「精神科」では時間の流れが違う。
「神経内科」には外科に近い急性期の忙しさがあるのにくわえ、彼女の勤務先は非常に忙しい救急病院だった。彼女は仕事の合間をみて月に1回、家に戻り、私は月に数回、会いに出かけた。会っている最中に呼び出しがあり、彼女が慌てて病院に戻っていくこともあった。「妻」の顔から「医師」の顔に切り替わる姿を敬愛していた。
遠距離と激務に阻まれ、新婚の甘さは皆無。それでもわれわれは毎晩その日の夕食メニューを写真に撮り、LINEで送り合い、日常の断片を分かち合った。