「関口さん、いきなりキスしてきたんですよ」
「え、まじで? 口に?」
なぜ病院でセクハラが多発するのか? そこには病院ならではの複雑な事情があった。精神科医である駒木爽氏の新刊『精神科医おどおど日記——閉鎖病棟24時、本日当直、あらゆる精神疾患寝ずに診ます』(三五館シンシャ)より一部抜粋してお届けする。なお、プライバシー保護のため登場人物の名前は仮名、一部のエピソードに脚色を加えている。(全2回の1回目/続きを読む)
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「50年近く」統合失調症と共存する男性
慢性期病棟で井上さんと並ぶ大ベテランが70代の関口さんだ。統合失調症の診断がついているが、50年近く病と共存してきた脳はすっかり荒廃し、対話は成立しない。さりとて病状は落ち着いているので井上さんと同じく診察は週1回程度。
井上さんと違うのは、つねにウロウロ徘徊しているため、回診の際には病棟一周して捜すハメになる。
ナースステーションに立ち寄ると、ちょうど関口さんがいる。この機会を逃さず診察しよう。
「関口さん、調子はどうですか?」
「うん」と目を細める。
「睡眠はとれてますか?」
「うん」
「食欲も、ありそうですね」
手にはデカくて安いのが売りのチョコチップメロンパンが握られており、「うん」と答えつつ、そわそわしている。ナースステーションにメロンパンを取りに来て、一刻も早く食べたいのだ。
「今日のおやつはメロンパンですか?」
「うん」
そう言って口角をあげる。昔は優しい微笑みに見えたのだろうが、今では深いシワでどことなくジョーカーに似ている。
「何か困っていることないですか?」
「あぁと(ありがとう)」
おやつタイムが待ち切れず、話を打ち切って足早に自室に戻っていく。
関口さんの発する言葉は「うん」が9割で、たまに単語が出るものの、滑舌が悪く、何を言っているのか聞き取れない。興奮したり、大きな声を出したりはしないが、終始落ち着きがなく、じっとしていられない。つねに病棟内をよだれを垂らしながらせわしなく歩き回り、間違えてほかの患者の部屋に入ってしまうこともしばしばだ。
