三度の食事に困らず、仲間もいる――。長く精神科病院に居続ける患者は、いつしか自ら「入院継続」を望むようになる。行き場を失った人の最後の砦、それが精神科病院のリアルだ。ここでは25年入院する男性のその後、そして治療を望まない患者とも対峙しなければいけない精神科医の苦労にまつわる事例を紹介。

 精神科医・駒木爽氏の新刊『精神科医おどおど日記——閉鎖病棟24時、本日当直、あらゆる精神疾患寝ずに診ます』(三五館シンシャ)より一部抜粋してお届けする。なお、プライバシー保護のため登場人物の名前は仮名、一部のエピソードに脚色を加えている。(全2回の2回目/最初から読む

写真はイメージ ©getty

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電車に乗ることもできない

 25年間シャバに出ていない井上さんにとって院外でスマートフォンはもちろん、インターネットすら彼は知らない。

 電車に乗ることもできないだろう。ワイヤレスイヤホンを見て、「なんで耳からうどん出してるんですか」と通行人に話しかけるかもしれない。彼にとって生きるだけでも困難が続くサバイバル生活が容易に想像される。

 しかし、ここでは自動で三度の食事が提供され、つねに体調を気にかけてくれる白衣のマダムたちがそばにいて、隣のベッドには長らく病院で暮らす友だちもいる。最初「帰りたい」と言っていた患者もやがて居心地が良くなって退院を希望しなくなり、自ら入院継続を望むようになる。

 刑務所で長く服役した人が、出所後の社会生活に適応できず、故意に再犯して服役したがるという話を聞くが、それと同じである。

井上さんの楽しみ

 井上さんの楽しみは、週に数回ある売店めぐりで菓子を購入することだ。妹さんも「家に戻ってくるよりはお金を出すほうがマシ」という思いなのであろう。

 お小遣い用に毎月入金してくれる。皮肉なことに医療側からすれば、井上さんのように病院に住む患者は手がかからない。週に1回同じ会話をして薬を処方すればいいのだ。現場では「病院で飼う」という不謹慎な表現も出る。

 精神科病院は、行き場を失った人の最後の砦でもある。