一般的に人が病院を訪れる際、何かしらの身体的な不調や痛みを自覚し、「治してほしい」という希望がある。骨折して痛みがあれば手術をしてほしいし、肺炎で息苦しければ抗菌薬での治療を願う。そこには「治りたい」という患者本人の意思がある。だが、精神科の患者には、治療への意思が存在しないことが多い。

「おまえの顔、忘れねえからな」

 治療を望まない患者に「人体実験をするのか」「おまえは犯罪者だ」と罵られながら治療する。これが精神科医の仕事だ。

 もともと外科医だった私はこの科に来て初めて、治療の際に患者に罵倒されるという体験をした。たとえば、首筋と両腕から物々しい刺青がのぞく男性は、私が入院を通告すると「キチガイ扱いしやがって。おまえの顔、忘れねえからな」と鼻先3センチまで顔を近づけてすごんだ。最初はどう対処したらいいか戸惑い、おどおどと狼狽えるばかりだった。

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 しかし、10年以上この現場にいると、患者が怒り狂おうが、罵詈雑言を浴びようが動じなくなった。患者の言動は病気に支配されているゆえのものだと理解しているからだ。

「私は病気なんかじゃない!」

 西田さんはそう叫んで立ち上がった。私はすぐさま男性看護師を2人、診察室に呼び込むと、「保護室にお願いします」と伝える。“犯罪者”である私に飛びかかろうとする

 西田さんを看護師2人が両サイドから暴れないように支える。