幻聴や妄想の症状は消えた。それなのに、なぜ彼は約25年も病院に留まり続けるのか。66歳の統合失調症の男性が抱える、いまも尾を引く「母を殴った過去」とは――。

 精神科医である駒木爽氏の新刊『精神科医おどおど日記——閉鎖病棟24時、本日当直、あらゆる精神疾患寝ずに診ます』(三五館シンシャ)より一部抜粋してお届けする。なお、プライバシー保護のため登場人物の名前は仮名、一部のエピソードに脚色を加えている。(全2回の1回目/続きを読む

写真はイメージ ©getty

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入院期間9000日の男性患者

 関東地方X県にある「三王子病院」は精神科救急病院として、24時間365日救急患者を受け入れている。この地方の精神科医療の要である当院には、病状の激しい患者が毎日のように運び込まれる。

 敷地内にはいくつかの棟があり、正面にある3階建ての白い建物の1階部分が外来だ。外見は古ぼけているが、受付は明るく、公共施設の窓口のような空間を外来診療を訪れる老若男女が行き交う。

 その隣が入院病棟だ。古びた外観は同じだが、こちらに入るには職員用のカギが要る。二重の強化ガラス扉の向こうには窓のない整然とした空間が広がる。いわゆる“閉鎖病棟”である。今日は週1回の井上辰三さんの診察日。カギを開け、重い扉を押して中に入る。

 彼の病名は統合失調症で、入院期間は約9000日に及ぶ。41歳で入院した井上さんは今年66歳になった。