日本の精神科病院の平均在院日数は255日と世界ワーストだが、そんな平均値すら底上げする長さで、4半世紀をこの病棟ですごすレジェンドである。今は私が主治医になっているものの、カルテを遡るとこれまで4回担当が変わっている。

ほとんど表情がない

 閉鎖病棟とはいえ、彼のように長く入院している患者は病状が安定している人が多い。

「井上さん、こんにちは」
「ああ、先生、こんにちは」

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 院内の理髪店で毎回8ミリに整えられる坊主頭と、夏でも冬でも半ズボンですごす風貌が「裸の大将」を彷彿とさせる井上さんにはほとんど表情がない。

「体調はどうですか?」
「いいです」
「眠れていますか?」
「はい」
「食欲はありますか?」
「はい」
「困っていることはありますか?」
「ありません」
「空耳が聞こえたりしませんか?」
「しません」

 口まわりの筋肉だけを動かし、問診に淡々と返事をする。統合失調症を長く患っていると、思考内容の幅が狭くなり、社交性が失われ、「はい」「そうです」といった簡単な言葉しか使わなくなる。一方で派手な幻聴や妄想は目立たなくなる。

 1週間前の診察もまったく同じやりとりだった。

「井上さん、こんにちは」
「ああ、こんにちは」
「体調はどうですか?」
「いいです」
「眠れてますか?」
「はい」⋯⋯。

 私が担当となってからの3年間、週1回ほぼ同じやりとりだけを続けている。