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なぜ「時事放談」は放談スタイルを崩さなかったのか

――そのバラエティの見方は数々の政治家、官僚のオーラルヒストリーを聞き取り、研究されてきたことにも関わっていそうな気がします。

御厨 ありますね、それは。特に表情というのは、オーラルヒストリーの作業において文字では表現できないけれど実に重要な要素です。こちらが質問したことに対しての、言葉にならない反応。それは『時事放談』で司会をしながら引き出そうとしていたものの一つでもありますね。

――表情ですか。

御厨 あの番組が語る人にとことん語らせる「放談スタイル」を崩さなかったのは、その人が何を語り、何を語らなかったかをそのまま見せようとしたから。そしてもう一つは、語っている時の表情をありのまま見せたかったからです。つまり、目は口ほどにものを言う。微妙なニュアンスはそこに宿っていることが多々あるんです。

2007年6月3日放送 塩川正十郎氏と片山善博氏がゲストの回 提供TBS

微妙なニュアンスが、届きにくくなった

――それが司会者や討論相手が失言を誘うようにして切り込む形の「討論番組」とは違うところ。

御厨 そうです。ただね、そうした放談でこそ醸し出される「微妙なニュアンス」というものが、だんだん視聴者に伝わりにくくなってきたことは事実だと思うんです。つまりSNSで言葉が切り取られて拡散していくのが主流になったこの時代では、「微妙なニュアンス」というものを伝えたり、感じたりすることがなかなか作り手・視聴者双方において難しくなってしまった。その点、現在の『時事放談』のスタイルでは、うまくそこを切り取ることが難しくなってきたというのはありますね。

――『時事放談』は幕を閉じるわけですが、これからもまた放談スタイルの政治番組は必要とされると思いますか?

御厨 こういう番組は大事だと思いますよ。ただこれからのテレビ番組はSNSといった新しいメディアとうまく距離感を保ちながらやっていかなければならないでしょう。放談というのは言葉通りに言えば「言いっ放し」なわけですが、それをどう受け止めるか、どう伝えるか。かつての政治家が持っていたようなスケールの大きな政治観に基づく「放談」と、新しい世代の政治への関心のありようがマッチするような番組が生まれるといいなと思っています。

 

写真=平松市聖/文藝春秋 

みくりや・たかし/1951年、東京都生まれ。専門は政治史、オーラル・ヒストリー、公共政策、建築と政治。東京大学法学部卒。ハーバード大学客員研究員、東京大学教授などを経て、東京大学先端科学技術研究センター客員教授・放送大学客員教授・東京都立大学名誉教授を務める。著書に『政策の総合と権力』『馬場恒吾の面目』『権力の館を歩く』『平成風雲録』など多数。

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2018年9月7日 発売

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