母の急死をきっかけに、認知症と診断された父の介護に直面したノンフィクション作家の髙橋秀実さん。元旦に突然父の体調が悪くなり、向かった病院で「末期の胃がん」「余命は数週間、数日の可能性もある」と告げられてしまった。

 入院中、付き添う髙橋さんを息子と思わず、親しげに話しかける父が発した驚きの一言とは……。髙橋さんの著書『おやじはニーチェ 認知症の父と過ごした436日』(新潮社)より一部を抜粋して、親子の関係を捉えなおすような衝撃の会話をお届けする。(全4回の4回目/最初から読む

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父らしくなくていいです

 病院は介護施設ではないので、治療が終了すると早速、退院を迫られた。父の場合もこれ以上の治療はできないとのことで、すみやかに退院しなくてはならない。しかし行き先が決まるまでは預かっていただけるとのことで、私は病院に寝泊まりしながら医療ソーシャルワーカーである風間さんとの面談を繰り返した。

 末期癌となると常に生命の危険があり、医療設備も必要になるので、特別養護老人ホームには受け入れてもらえないという。終末期医療専門のホスピス病院や有料老人ホームもあるが、どこも待機人数が多く、いつ入所できるかわからない。となると考えられるのは「緩和ケア病棟」への転院らしい。痛みなどの苦痛の緩和のみを行なう病棟で、風間さんも「ここならお父様らしく、穏やかに過ごせますよ」と勧めてくれた。

画像はイメージ ©︎mapo/イメージマート

――父らしくなくていいです。

 思わず私は否定した。父らしくすると穏やかに過ごせないのだ。しかしパンフレットを見ると「症状を和らげながら患者さん1人1人の『自分らしく』をお手伝いします」とある。「らしさ」は言葉の綾で、そこで揚げ足をとったりすると入院を拒否されそうである。実際、入院の条件として、「ご本人・ご家族が、病状を理解し入院を希望されていること」が挙げられている。まず父も家族も入院を希望することが必須なのだ。

「ただし……」

 風間さんは顔を曇らせ、こう続けた。

「緩和ケア病棟は認知症があると難しいんです。寝たきり状態であれば問題ないんですが、徘徊などの問題行動が目立つと受け入れてくれないんです」

 私は絶句した。もし緩和ケア病棟に入れない場合、残された選択肢は小規模介護施設か在宅での看護しかない。早速、勧められた小規模介護施設に電話で問い合わせると、担当者は「早く決めないとすぐに埋まっちゃうわよ。行くとこなくて困ってるんでしょ」と姥捨山のような対応だったので入所させたくない。在宅看護のほうは医師にも在宅してほしいくらいで、現実的に無理である。となると行き先は緩和ケア病棟しかなく、そのためには父の問題行動を目立たないように隠蔽するしかないのだ。