母の急死をきっかけに、認知症と診断された父の介護に直面したノンフィクション作家の髙橋秀実さん。「一度発症した認知症は治らない」というのが現代医学の常識だが、髙橋さんは父の認知症が治ったとしか思えないような体験をする。

 ここでは、髙橋さんの著書『おやじはニーチェ 認知症の父と過ごした436日』(新潮社)より一部を抜粋。息子のこともわからなくなっていた父の突然の変化に驚いた、入院先でのエピソードを紹介する。(全4回の3回目/最初から読む

画像はイメージ ©︎Paylessimages/イメージマート

◆◆◆

ADVERTISEMENT

治らない認知症

 アルツハイマー型認知症は「治らない」といわれている。

 医師から薬(ドネペジル)は処方されているのだが、これはあくまで症状の進行を遅らせるためのものであり、治療薬ではないという。治療については「決定的な方法は、まだ開発されていません」(鳥羽研二著『名医の図解 認知症の安心生活読本』主婦と生活社 2009年)とのことで、どの本を読んでも「根本的な治療が困難」(池田学著『認知症』中公新書 2010年)だと宣告されている。そもそも認知症とは「厳密な意味では根治的な治療介入ができないあるいは難しい病態」(川畑信也著『臨床医のための医学からみた認知症診療 医療からみる認知症診療—診断編』中外医学社 2019年)を指すそうで、認知症が治らないというより、治らない病態のことを認知症と呼ぶらしい。精神科医の春日武彦さんなどは「認知症は治らない。損なわれた知能は取り戻せない。もしも治る認知症があったとしたら、それはただの誤診にすぎない」(春日武彦著『援助者必携 はじめての精神科 第2版』医学書院 2011年)とまで断言している。治るくらいなら認知症ではないというのだ。

 絶対に治らない認知症。

 医学界は太鼓判を押しているのだが、不思議なことに父は治った。奇跡が起きたかのようだが、正確に言えば、私には父が治ったように思えたのであった。