胃がんの発覚と手術

 それは2020年1月のことだった。

 元日に私たち家族は実家に集まり、父を囲んで食事をした。テーブルいっぱいの御節料理に「ごちそうだな」とつぶやく父。しかし食欲がないようで大好物の黒豆にも手をつけず、ぼんやりとした表情で寝室に戻っていった。布団にくるまる父に「お正月だからみんな来てくれたよ」と声をかけても、「あっそうかい」とうつろな返事。風邪でもひいたのかと思ったのだが、熱はなく、本人も「大丈夫。まぶたが重いだけ」と言う。おそらく連日の散歩で疲労がたまっているのだろう。しかし88歳なのでいつ何が起きてもおかしくない。今後は様子が異常だった場合は病院に連れていこう。元日早々、そう打ち合わせたところ、数日後に弟は119番通報した。実家を訪れた際に父は起き上がれず、触ると「痛い。何するんだ」と暴れたそうで、父はそのまま救急車で病院に運ばれたのである。

「たぶん栄養不足。どうせすぐに帰ることになるからさ……」

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 待合室で私は家族にそう言った。つい最近の訪問看護の診断でも父は「特に異常なし」だったのだ。その日は日曜だったのでこの後、みんなで食事でもしようかと相談するくらいだったのだが、CT検査を終えた医師からいきなり父が「末期の胃癌」だと告げられた。胃の出口が塞がっており、すでに肝臓に転移している疑いもある。余命は年単位ではなく月単位、いや週単位、突然最期を迎える可能性も十分考えられます……。

「は?」

 家族一同、言葉を失った。何を言っているのかよくわからず、とり急ぎ、私は医師にこうたずねた。

――ま、末期ですか?

 父はすでに人生の末期である。父自体が末期なのだから、癌も末期なのは当然だろう。それとも癌だけが末期なのか。いずれにしてもこのままでは食べ物が胃を通過せず、嘔吐を繰り返すことになるという。すぐにでも内視鏡で胃の出口にステント(金属製の筒)を留置させる手術をしたほうがよいとのことだった。

――お願いします。

 家族揃って頭を下げ、医師から渡された説明書や同意書に次々とサインした。そして家族の付き添いが入院の条件だと言われ、しばらく私が24時間態勢で付き添うことになったのである。

 1時間ほどで手術は無事成功。いびきをかいて寝る父を見ていると、ふと目を覚ました。

 「ここはどこだ?」

 看護師から「目が覚めたら、『ここはどこ?』って絶対訊きますよ」と言われていたのだが、まったくその通りだった。まるで見当識を失った認知症の症状のようだが、これは麻酔覚醒時の通常の反応らしい。父はもはや認知症患者ではなく末期癌患者なのだ。

――保土ケ谷中央病院。

 私が答えると、父はうっすらと微笑んだ。

「保土ケ谷っていうことは横浜?」

――そう。

「横浜かあ。あぁ、よかった」

――今、病院で治療を受けているんだよ。

 状況を説明すると、父がうなずいた。

「じゃあ、外に出なくていいのか?」

――出なくていい。

 「あぁ、よかった。行かなくていいんだ。あぁ、よかった」

 安堵する父。これまで「今日はどこに行く?」「行くんだろう」と言い続けてきたが、本当に行きたかったわけではないのだろう。行きたかったのではなく、そう言っている自分に追い立てられていただけだったのかもしれない。