全米トップクラスの研究機関で働くことになったワケ
――大学卒業後はどうされたのですか。
綾花 考古学者になりたいと思って、魚の顎の研究をしている教授がいる大学院に願書を出したんですが、全部落ちて。理由を聞いたら、考古学の経験がないからダメだと言われました。
その時につき合っていた男の子が、「将来ハーバードでMBAを取るから、一緒にボストンに行こうよ」と言ってきて、「じゃあ、先にボストンに行って待ってるね」ということでボストンに行くことにしました。
ハーバードメディカルスクールとマサチューセッツ総合病院が合併したような研究所で仕事を探したら採用してもらえたので、そちらで細胞学の研究職として1年ほど働くことになって。
――ハーバードメディカルスクールってググると、ハーバード大学の専門職大学院って出てきますけど。
綾花 当時はそこがどれほどすごい場所か、あまりわかっていなかったんですよ(笑)。ただただボストンに住みたい気持ちだけで行ったので。後から振り返ると全米でトップクラスの研究機関だったんですが、そのときはそれほどピンと来ていなかったですね。
研究、家庭教師、財団での事務…3つの仕事を掛け持ち
――そんなところで働いていたのに家庭教師をするようになったそうですね。
綾花 研究所のお給料がそんなに高くなかったので、土日や夕方の時間を使って家庭教師を始めたんです。そうしたら生徒がどんどん増えていって、気がついたら8人掛け持ちするまでになっていて。
フルタイムの仕事に加えてそれだけの生徒を見るのはさすがにキツくて、会社を作ることにしました。家庭教師と英会話、企業向けの異文化研修をやる会社です。いまから9年ほど前、24歳の時ですね。
ただその頃は研究の仕事も続けつつ、フィッシュファミリー財団という女性起業家を支援するボストンの財団で事務系の仕事もしていたので、3つ掛け持ちの状態で。ずっと理系で来たのでビジネスのことをまったく知らなくて、ビジネスを学ぼうと思ってその財団に入ったんですよ。
3つ掛け持ちしていた理由がもう1つあって、どの仕事が自分に合っているか比べたかったんです。けっこう早い段階で研究者は自分には合っていないとわかったので、「研究の仕事はないな」と。で、最終的に家庭教師の会社が事業として成り立ってきた、というのが起業の流れですね。
