以前に、「右翼」「左翼」「保守」「リベラル」といった言葉の定義は簡単ではない、まして他人を断定するには慎重であるべきだと思うと当コラムで書いた。

 それを含めて最近しみじみ考えることがある。「高市早苗首相は本当に保守なのか」という疑問だ。あるいは、「高市氏は一体何を守っているのか」と言い換えてもいい。

高市早苗首相 ©時事通信社

国民・玉木氏は「『立法府の総意』は無視ということか」と…

 たとえば読売新聞の社説が興味深かった。皇室典範改正をめぐる「立法府の総意」に疑問を呈した。重要な論点で認識の違いが残る以上、「こうした食い違いを抱えたままでは『立法府の総意』とは言えまい」と書き、「議論仕切り直せ」とした(6月9日)。

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 気になったのは、「立法府の総意」がまとまったとされた直後の動きだ。皇族数確保をめぐり、高市首相は自民・維新で制度設計を詰めるよう求めたという。すると野党からは「何年もかけて積み上げた『立法府の総意』は何だったのか」という声が上がった。玉木雄一郎氏はXに「『立法府の総意』は無視ということか」とポストした。

 不思議なのは、ようやく「総意」がまとまったと言われた直後に、その総意の外側で話が進み始めたように見えることである。

 この構図について、毎日新聞の伊藤智永氏は興味深い指摘をしていた。国旗損壊罪や皇室典範改正を論じながら、高市政権の「保守」をこう評している。

「我こそ保守なり」と振る舞う首相と、その人気を利用する保守派が、「立法府の総意」を作り上げた。そして男系男子継承を「保守の証し」の合言葉にしている、と。

 面白かったのは、高市氏と旧知の保守派評論家の言葉を最後に紹介していたことだ。